170問題行動編
問題行動編

187相談から解決まで

  問題行動に悩む方は、まずは犬の様子を専門家に見てもらった上でアドバイスを受けることをお薦めします。
それこそ飼い主の対応一つで犬が劇的に変わることもありますし、訓練うんぬんどころではなく、
犬との生活の環境や方法を変えなければどうにもならない場合もあります。


相談からの流れ

診察→検査→診断→目標→方針→計画→施術→判定→評価

現状の把握

何が問題となっているのかについて、その本質を正しく捉える事が必要です。
問題によって働き掛けをする対象が異なるからです。
犬自身に問題があるのであれば犬に対しての訓練や矯正といった対処が必要になりますし、
飼育状況や飼い主の対応に問題があるのであれば飼い主のトレーニングや飼い主への助言や指導が必要になります。

★診察
まず相談を受けたら飼い主の方から簡単な聴取を行ないます。
そして医療でいうところの診察にあたる段階として、飼い主との面談において問診と聴取を行なうとともに、
実際の様子と飼い主の対応などを観察し、現在の症状を把握するとともに、原因と思われるものを推定します。
問題行動の多くが飼養環境下において現れますし犬は場所によって態度や行動を変えますので、
必ず飼い主の自宅を訪問し、普段の犬の様子とそれに対する飼い主の対応、飼育状況や近隣の環境などをきちんと見てみなければ、
正しい原因究明には繋がりません。まさに、百聞は一見にしかずと言えるでしょう。

診察によって現状の把握は可能ですが、その行動が問題となるまでの経緯については飼い主から話を聞くしかありません。
問診や聴取は大切ですが、それだけを鵜呑みにして判断を下すことは、大変に危険なことでもあります。
聞き取りの難しさには、偏りや思い込み、あるいは見過ごしによって正しく認識していないことと、
隠蔽や虚偽、誇大表現により正しく報告がなされないことにあります。
自ら相談に来ているのですから、何も隠し立てする必要などないはずなのですが、
話に聞くのと実際にお宅に行って様子を見てみるのとでは大違いということも多くあります。
一般に犬の問題行動を相談する人には、犬をかばうタイプの人と、犬を責めるタイプの人とがいます。
大げさな人や、その逆にあまり気に留めない人もいますので、聞いた話を加減して判断する必要もあります。

本人が問題意識を持っていない部分については当然に話に出てきません。
重大な要因もそもそも重大である意識が無いのですから話にも出てきませんので、質問をする中で上手に引き出していきます。
犬がその問題行動を始めた時期についても、飼い主の方の多くは自分が問題を意識した時期を答えます。
しかし実際には、それ以前からその兆候が表れている場合が多いのです。
その行動の発生の時点ではまだ問題視されていないため問題行動の発生ではないのです。
今後の治療のためには、行動が始まってからそれが問題行動と認識されるようになるまでの期間と、
その間の飼い主の対応がどうであったのかを知ることが大切です。
「それまでは何ともなかった」と言う飼い主の言葉をどう捉えるのかということも重要です。
兆候を見逃したり、まだ子犬だからといって容認したりすることによって、犬はその行動を強化していくのです。
無視という名の容認や、その場しのぎの対応による問題の先送りによって、より一層深刻な事態を招くのです。
最近広まってきた「花粉症」というものも、ある日を境に突然に症状が現れるのだそうですが、
それはバケツの水が溢れるが如く、それまでの蓄積のうえに起こることなのだそうです。

検査
次の段階は、いわゆる検査になります。これにより原因の究明をします。
推定されるいくつかの原因と思われるものを、検査によって消去することで絞り込んでいき特定します。
検査という表現は大袈裟ですが、いくつかの状況で再現テストをしてみることで判ることも多くあります。
それらによって、診察段階で推定されるいくつもの原因から、無関係なものを、順次、消去していきます。
そのためには、どういった時にはどのようなことを試すべきなのかを適切に知っておくことが大切です。

小さなお子さんが泣き叫んでいて、足のくるぶしが膨れていたら、まずは捻挫か化膿を疑うでしょう。
通常はその場やその前の状況により、可能性の高いものにあたりをつけて検証をしていきます。
キャンプ場のテントの中でずっと寝ていたのならば虫や蛇によるものを疑うし、
テントの外で遊びまわっていたのなら捻挫の可能性も高いでしょう。
手のひらの擦り傷や洋服の汚れを見たり腫れている部位に小さな穴が無いかなどが判断材料にもなります。
病院であれば、血液検査で白血球数を調べたりレントゲンを撮ったりするでしょう。

診断
原因となるものをいくつか予測し、原因を特定するためにいくつかの検査を行ない、その結果を以って判定します。
診断こそが重要です。正しく診断ができなければ、正しい治療はできません。
同じような症状であっても異なる病気であれば、当然に治療方法は異なります。
薬であっても用量用法が大切なことは当然ですが、それ以前に用途を間違っていたのでは話になりません。
先の例で言えば、子供の足が腫れている時に、原因が蛇に噛まれて腫れているのであれば、
ギブスで固定したり湿布をしたりしても、それではまったく意味がありません。


目標設定
どの程度までの改善を望むのかによって選択する方法が違ってきますので、まずは目標を設定します。
そしてそれに適した方法を選択するとともに、治癒までの見通し(程度・期間・費用)をたてていきます。

もちろん理想として言えば完全治癒を望まれるのでしょうが、それには当然にさまざまな負担を伴います。
そもそも根治的な治療が必要とされるのか、ある程度に改善すればそれでいいという人もいるでしょう。
吠えの問題においても、吠えないようにすることと吠えても指示で吠え止むようにすることとでは大違いです。
問題行動を解決するということは、犬と飼い主との妥協点の模索ということでもあります。
大幅に譲歩して妥協点を犬寄りに設ければ、それだけ容易であることは言うまでもありません。

「しないようにするのか、できないようにするのか」ということでも大きく違ってきます。
トイレシーツを噛みちぎることに困っているのであれば、トイレシーツを使わない、
齧れないもので覆うことで解決する場合もあれば、トイレシーツを噛みちぎらないように教える場合もあるでしょう。

「食べ残していた食器を引こうとしたら噛み付かれた」という場合で考えましょう。
「犬にしてみれば自分の餌を盗ろうとしたので噛みついただけで、それは飼い主が犬の本能や習性を知らないからいけない」と
考えるのならば、飼い主に「犬が食べている時には、近づいたり手を出したりしないように」と教えて守らせることで解決します。
しかしそれでは「近所の子供が手を出して噛まれるかもしれない」「異物を食べようとした時に取り上げてやることもできない」
と考える人もいます。
「どんな時でも飼い主を噛むべきではない」と考える飼い主であれば、
「食べている時に手を出しても噛みつかないように」という水準まで犬に教え込む必要があります。

症状の原因や進行程度にもよりますが、問題行動の多くは行動の解消という観点からの完治は難しいとも言えます。

方針選択
目標設定を定めたら、それに沿って対応方針を決めます。通常は、診断で究明した原因に働きかけて改善することが原則です。
 ❶しつけや訓練 ◆犬の改善◆
 犬のトレーニング
  ・好ましい特定の行動をするように教える。
  ・不適切な行動をやめさせるようにしつける。
 ❷環境整備 ◆環境の改善◆
 環境面の物理的な改善   
  ・行動が発生しても問題とならないように対策を講じる。
     近隣のいない山奥に引っ越す。
     防音施工をする。
     近隣への挨拶やお詫びをする 。
  ・行動が発生しないような飼育環境に変える    
     通行人に吠える犬の場合、犬小屋の場所を玄関先から裏庭に移す。     
     サークルから出してほしくて吠える犬の場合、サークルをやめ室内フリーにする。
 ❸対応改善 ◆飼い主の改善◆
  ・問題行動を惹き起こしている飼い主の対応を見いだして、飼い主の行動を改変する。
  ・問題行動を惹き起こしている生活習慣を見いだして、飼い主の習慣を改める。
  ・不適切な行動が起こる状況を作らない。
  ・犬との接触を疎にして深入りしない。
  ・シャンプーや爪切りなど、問題を起こす行為はプロの人に依頼する。
  ・飼い主自身の制御能力を高める
 ❹意識改革 ◆飼い主の改善◆
  ・「うちなんてもっと」「子犬のうちは」「犬はそんなものよ」「そのうちに」といったアドバイスで、
    問題視している飼い主の意識を、その行動を不適切と考えないようにして許容範囲を拡大する。
 ❺医療処置 ◆犬の改善◆ :投薬などの薬物治療 /去勢不妊手術/声帯除去手術/犬歯切除など
 ❻飼育放棄 ◆最終手段◆ :手放す(殺処分・譲渡)

治療計画
診断結果に基づき治療方針を決定します。

まず考えるのが方式についてです。だれを対象に、だれが教えるのかということです。
さきほどはかんたんに「原因に働きかけて」と述べましたが、
実際には犬・飼い主・環境の三者が複合して問題を起こしているのが普通ですから、それほど単純なものではありません。
犬自身に教えることとなった場合、入院治療となることもあれば、自宅治療の場合もあります。

当校では本科・別科と分けて訓練士がまず犬に教えてから飼い主に教える方式と、
訓練士は飼い主に教えて犬には飼い主が教える方式との両方を行なっていますが、
この両方式には一長一短があり、それぞれのケースによって適する方式が違います。

「悪いのは犬ではなくて飼い主だ」「飼い主自身でしなければ意味がない」というアドバイスが広まっています。
犬への訓練自体を飼い主の方が自ら行なうことについては、可能であるならそれが最善であろうと思います。
ただ「訓練自体」と表現したのは、訓練そのものは言わば施術であって、その術式の選定が困難だと思えるからです。
多くの飼い主は犬を飼う経験が限られていますので、ご自身の愛犬を客観的に評価することは難しく、
愛犬の性格についても正しく把握できていないものです。

「飼い主が自ら行うべきです」「飼い主が自分でしなければ意味がありません」 「訓練士の言うことはきくようになりますが」
「預けて訓練しても家に帰ってくれば元通りになります」 このような話を耳にされた方も多いと思いますが、
これらは全て正しくもあり正しくありません。
問題行動の本質と飼い主側の諸条件を併せて考える必要があります。
「本来であれば問題行動を起こすような犬ではないのに、飼い主の誤った対応によって問題行動を起こすようにさせてしまった」
というようなケースであれば、まさにその通り。
飼い主自身が犬の行動心理やトレーニング方法を学んで、自らが犬に教えていくことが最善です。

「本来であれば問題行動を起こすような犬ではない」という一文に異論を思う愛犬家もいるでしょう。
博愛愛護精神に富んだ専門家は、「どの犬も本来はみんないい子です」と公言します。
しかしここでは、いい子であるか悪い子であるかの評価判定をしているのではありません。
犬の性格や性質は、犬種によって血統によって個体によって、歴然と遺伝的な持って生まれた違いがあります。
博愛精神や平等主義そのものは崇高なものだと思いますが、私は個々の能力や特性に応じた処遇こそが平等であると思っています。
実際に訓練士の元に真剣に相談に連れて来られる犬の中には、だれが育ても難しいと思われる生得的問題のある稟性の犬もいます。

本題に戻りますが、犬種特性や血統的特性に基づく行動から生じる問題行動の解消は非常に困難です。
こうした犬自身から生じる問題行動や、重篤化した問題行動の矯正訓練であれば、プロに委ねる方が賢明です。
その他にも本気噛みのように重大な問題行動、お年寄りの飼い主からの引っ張りや跳び付きの相談や、近隣トラブルに瀕している
吠えの問題、留守がちな家庭でのトイレトレーニングなど、飼い主自身で行うことに無理があることも多くあります。

何かの成果を得るためには何かを犠牲にすべきこともあります。 犠牲にすべきことが一時的なものであるのならば、
過程として受け入れ易いと思いますが、 永続的なことならば事前に成果と犠牲を比較して選択することも大切です。
部屋の中の様々なものを齧ったり食べたりしてしまう癖のある犬に対して、
目の届かない間はケージやサークルに入れておくという方法を選択すれば、それによってその問題行動は防ぐことができても、
閉じ込められた犬は、今度は吠えまくるという新たな問題行動を起こす可能性があります。
こうした場合には、飼い主にとってどちらの行動の方が容認できるのか、
また、どちらの行動の方が次の段階で治しやすいのかなども考え併せるとよいでしょう。

このように、それぞれの方法についての難易度だけでなく、
それに伴うメリットとデメリット、弊害や副作用もきちんと踏まえた上で方針を決めましょう。
現実には方法の優劣だけではなく、費用や期間、実施の難易度や手間や時間も考え併せなければなりません。
そもそもは飼い主がどの程度に取り組むことができるのか、どれだけの覚悟をしているのかが第一です。
一般的には、原因の除去や対象の遮断および状況の回避など、あるいは馴化や克服を図っていきます。

★施術

ここでは原則として犬の行動修正(行動を無くすことによる解決方法について)を主体に述べていきます。
純粋無垢な子犬の内はまるでスポンジのように教えられたことを素直に吸収していくのですが、身体能力も高くなり、
多くの体験を通してその犬なりの学習を重ねて賢くなった犬に対して、それをリセットさせて新たに人間の望む行動を
するように求めるのですから大変なことは当然です。

しかしそれは必ずしもトレーニングそのものが難しいのではなく、原因の究明と治療方法の選択が難しいのです。
患者に投薬治療する場合も、難しいのは病気の診断と薬の処方であり、投薬そのものが難しいのではありません。


と言っても、もちろん簡単ではありません。
やり方そのものをきちんと習う必要がありますし、ある程度の練習も必要です。
しかし何より大変なことは、日々それを継続することです。


判定/評価

問題行動そのものが、それぞれの飼い主の意識によるものですから、
問題の解消が必ずしも行動の減少によるものとは限らないことはこれまで述べてきた通りです。
ですから当然に、どの水準をもって治癒と判定するのかも一定ではありません。
また予後観察の期間をどの程度に設定した上で、いつ頃の時期に判定をするのかもまちまちです。

評価についても同様です。人は十人十色。神経質な人、完璧主義な人、大袈裟な人と、まさにそれぞれです。
ですから「うちの犬はとても酷かったけれども、このような方法を行なったところ、今ではすっかり・・・」
と言う愛犬家の話も鵜呑みにすることはできません。
相談の時点で、飼い主が言う「全く触らせてくれない」と表現されるケースでも、その程度は千差万別です。
そもそもがそのように矯正開始前の症状の程度について客観的な判定がなされていませんし、
さらには直ったあるいは良くなったとする成果についても客観的な判定がなされていないために、
それぞれの手法の正当性そのものさえもが、不明瞭であることが現実です。
アドバイスのしっぱなしであれば、そのアドバイスが適切であったのかどうかさえ知る由もありません。
きちんと治療後の状況についても長年に亘って追跡調査を行なって再発の有無を知る必要もあります。

問題行動に関しては、その認識も解決も、犬の行動以外のさまざまな要因に左右されるのです。
診察の段階からの問題行動の種別や程度、診断における原因などをきちんと分類したうえで、客観的評価を行ない、
それぞれの治療記録を残していかなければなりませんし、そうした分析と検証を重ねることでこそ初めて、
矯正方法の効果や弊害の有無、問題点などが判断できるようになります。
しかしながら一般に訓練士はそうした客観的見地に立つことや記録が苦手で、
逆にそうしたことを得意とする人たちは実経験に乏しく、現場を深く見ることが苦手です。
今後の重大な課題ではありますが、現状として述べておきます。

予防
健康とは心身ともに健やかであることをいいます。
すなわち、健全な身体と健全な心です。
身体の健康である医療も、心の健康であるしつけも、とてもよく似ています。
身体も心も、健康であるために大切なのは予防と早期の治療です。
言うまでもなく、本来もっとも大切なことは治療ではなく予防です。
人間社会で暮らしていく上で必要な社会化は、いわば予防です。
将来さまざまな問題行動を起こさないためにも、人間との関係作りに始まり環境への順応や刺激への 馴化などを通じて
受容力を高め、自制心や適応力あるいは耐性といったことを身に付けさせていくことが大切です。



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