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雑種か純血種か まず初めの選択肢として、雑種にするか純血種にするかという事でしょう。結論から言えば、私は純血種を薦めます。 なぜなら、犬を飼いたいと思う時点で、あなたなりに想い描くものがあろうと思います。 また飼うに当たって住宅事情や、家庭の都合というものもあるでしょう。体の大小に始まって、毛の色や長短。 一緒にアウトドアライフを楽しめる活発な犬を望む人、小さなお子様にも扱えるおとなしい犬を望む人。 そうした様々な希望に対して、純血種の場合は個々に多少の個体差はありますが、 将来どういった犬になるかのおおよその見当をつける事ができますし、自分の好みの犬種を選ぶことができます。 |
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雑種を薦めない最大の理由は最後に述べますが、その他の理由として万一飼えなくなった時の事や将来的に子犬を望めないという事もあります。 血統書付きの純血種ですら、引き取り手が無く処分される犬が沢山いるのです。 万一やむにやまれぬ事情で犬を手放さなければいけなくなった時、雑種の場合、新しい飼い主はまず見つからないと思うべきでしょう。 もちろん、雑種の犬を飼うこと自体は、決して悪い事ではありません。 生まれてきた子犬自身に何ら責任はありませんし、捨てられて放っておけば死んでしまう運命の犬を助けてあげるためにお飼いになる事は、 動物愛護の精神からみれば素晴しい事でしょう。 しかし、この場合は、決して子犬を産ませない様にするべきでしょう。 可愛がっている犬に、是非この犬の子供を残したいと思う事は、飼い主としては自然な感情ではありますが、 犬は何匹出産するのか見当がつきませんし、多頭数生まれた時に貰い手をどう確保するのかが問題となります。 その犬自身が大変良い子であっても、遺伝子的に重大な欠陥を持っていて、隔世遺伝等により危険な犬を生み出す可能性もあるのです。 正しい知識をもち十二分な管理をして飼うか、それが出来ないならば去勢・不妊の手術を受けさせる事も考えなければならないでしょう。 呆れた事に、あの犬種とこの犬種を掛け合わせれば、両方の良い所を兼ね備えた良い犬ができるだろうという発想をする人がいます。 興味本位で実際にそれを行なう人や、それをスペシャル番組で全国放映するテレビ局さえあります。 ある犬種を固定する迄には、相当数の基礎犬を必要としますし、歳月をかけた淘汰をも必要とします。 人類と犬との長い共存の歴史の中で、目的を持って固定された犬種を安直な素人感覚で壊す意義がどこにあるのでしょうか。 第一、遺伝とはそれほど単純ではありませんし、産まれてきた子犬はもちろんその子々孫々迄全て雑種なのです。 犬の種の作出には、劣勢遺伝と突然変異を固定化することとが人為的に行われてきました。 自然界における繁殖では、当然に自然淘汰される遺伝形質も目的に沿って保護されてきたわけです。 人間にも必ず一定の確率で出現する巨人症、小人症、末端肥大症、アルビノ−(色素欠乏症)などの特性や、 ネオテニー(幼形成熟)を利用して、目的にあわせてさまざまな犬種を作り上げてきました。 中でも、幼形成熟は人間に可愛がられる上での大きな効果を生んでいます。 もし人間による種の保護が行われなくなれば、またたくまに犬は原形に向かって均一化が進みます。 なぜなら、全ての形質において、優性形質が現われるようになるからです。 ここで賛否両論を承知で敢えて言うならば、捨て犬を拾って世話をする方の愛護の精神を否定するつもりも毛頭ありませんが、 それよりも捨て犬がでない社会作りこそが肝要なのではないでしょうか。 確かに捨てられた犬を目の前にした時、そのまま見捨てる事は犬好きの方ならずとも悲しい事ですが、 拾って育てることのできる環境にある方であってもその数には限度がある筈ですし、 それ以上に受け入れれば、犬にしても充分な管理や愛情を受けることもできずに、いわば終身刑の様な生活にならざるを得ない筈です。 それらを悪いとは言いませんが、「拾って飼ってくれる人がいるから」 「里親制度と称し、貰い手を探してくれる制度があるから」、安心して気軽に犬を捨てる人が絶えないのです。 「保健所に連れて行っても、保健所から貰われて行く犬もいるのだから、うちの子も、きっと誰かに・・・・」などといった、 責任逃れの考え方をする人が多いことも事実です。 不要犬が産まれたら飼い主は自分の手で処分しなければならないとしたならば、雌犬の飼い主はもっとしっかり管理する事でしょう。 しかし今尚、一部の方には、ある種の、雑種崇拝的な感覚がある様です。 「雑種は丈夫である」「雑種の方が、頭が良い」「姿形ばかりの純血種よりも性格の良い雑種の方がいい」 「雑種の方が、野生味がある」「雑種の場合、同じ犬は、世界に一匹しかいない」等の理由を挙げる様です。 弱いものは自然淘汰される運命にある野生化した犬の交配によって産まれた犬であれば丈夫だという事も言えるのでしょうが、 本来、遺伝的に雑種の方が強いという事も普通に飼う上ではそれほどの差はありません。 ただし雑種の子犬と言うのは、産まれながらに良い管理をされずに育つことも多く、 その中で生き抜いた子は丈夫な子であるという事はあるかも知れません。 それとわが国における雑種には、丈夫な日本犬の血を引く犬が多い事もそう思われる一因なのでしょう。 頭が良いとする説も、単に近親繁殖の弊害として頭の悪い犬が産まれる事があるという事実を、裏返して見ただけの事も多い様ですし、 むしろ良識のある繁殖者であれば絶対に使用しない様な、悪い遺伝性を持った犬が親犬である可能性もあるのです。 純血種は何も姿形ばかりで繁殖しているわけではありませんし、雑種が性格の良さを求めた結果などではないことは言うまでもないことです。 「野生味があって犬らしい」というもっともらしい意見もありますが、現代の日本を考えた時に、野生では生きられないのが犬なのです。 野生動物ではないからこそ、人間社会で共存できるのです。 何度も言いますが、犬をも含めた家畜を飼う事と野生動物を飼う事とでは、その本質が、全く違うのです。 「同じ犬は、世界に一匹しかいない」という意見に至っては全く逆で、先ほど述べたように実は「同一化」への第一歩を歩んでいるのです。 また何よりの問題は、雑種が産まれてくる背景を考えればわかりますが、 犬を本当に愛し良識を持った管理、飼い方をしていれば雑種の子犬は産まれないのです。 子犬の将来を決するものは、その祖犬をも含めた両親犬の品性と、生後30日~90日までの環境なのです。 「刷り込み」「馴化」といった言葉がありますが、それぞれの動物は持って生まれた本能とは別に、 ある時期まで(臨界期)の環境から、自己の属する社会を認識します。 愛犬が良好な人間社会の一員となれるかどうかは、この時期までの環境が決定するといってもよいほどです。 雑種の子犬を産ませる人に、その子犬に適切な育成環境を施すだけの姿勢や知識を望むことは難しいと思います。 それならば生後30日前に飼い始めればと思われる方もありますが、生後30日から60日の間に必要な事柄は、 母犬、兄弟犬から学ぶべき事も多く含まれており、安直に人間が代わりを務められる事ではありません。 そうしたことからも繁殖者の繁殖に対する姿勢や知識に疑いのある雑種を、敢えて選ぶ必要はないでしょう。 |
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