170問題行動編
問題行動編

187行動修正

 
対症療法と原因療法

問題行動の矯正には、対症療法と原因療法があります。
対症療法とは現れた症状に対して働きかける方法であり、 原因療法は症状が現れる原因に対して働きかける方法です。
例えば、咳止め、解熱剤の処方などが対症療法で、病原菌に作用する抗生物質の投与などが原因療法です。
お分かりのように対症療法というのは、当面の解決策であって本質的な治療ではないようにも思われます。
対症療法を用いてその行動だけを変容させても、原因をそのままにしていたのでは別の新たな問題行動が起こることもあります。
しかし、いろいろな意味で余裕があれば理想的な方法を選ぶことができますが、 現実に問題が逼迫している場合には、
即効性のある方法を優先する必要があるでしょう。
また状況いかんでは、危険や弊害のある方法であっても効果を優先しなければならない場合もあります。
ただしその場合には予めリスクなどについて、明確に認識しておく必要があります。

さきほど述べた原因療法と対症療法についても、両方を同時に進めていくことが現実的です。
すぐに成果のでる方法を行なう時には問題になりませんが、原因療法の場合に成果がでるまでに長い期間を要する方法もあります。
成果の無いままにどの程度の期間を続けていていいのかがわからなければ、不安になり成果を目前に中断してしまう人もいます。
もちろん計画通りに順調に進むことの方が珍しいとも言えますが、一つの予見を示しておくことは実施者のためにも重要なことです。
どのような兆しが見えたら順調で、どのような兆しが見えたら治療を中止すべきなのかを伝えておいたほうがよいでしょう。
とくに「無視」や「タイムアウト」を推奨するトレーニングにおいては、実際に行なう場合にどのくらいの時間経過や、
どういったタイミングで、さらには、どのような対応でそれらを解除するのかをあらかじめきちんと明らかにしておくべきです。

治療に際しては、全てが右肩上がりに改善していくのではないことを必ず知っておかなければいけません。
行動心理学用語でいうバーストのように、治療を始めると一時的に(消去抵抗が行われる初期段階に)その行動が強まる、すなわち悪化して見えることも多くあります。経験の無い人は、この時点で中止してしまい結果として直すことができません。
ただし、バーストではなく選択した方法が不適切で本格的に悪化している場合もありますので、その見極めは非常に重要です。

実際には、様々な手法を選択し複合的に行なうことが一般的です。
なぜなら、各々の方法には一長一短がありますし、選択する方法によって生じる弊害や副作用に対しての対応も必要になるからです。
野球選手が打撃フォームの改造に臨めば、一時的に全てが悪くなることは明白でしょう。
ピッチャーがコントロールを身につけようと思えば、一時的に球速は落ちるでしょう。
何もかもを維持しながら特定の何かを伸ばしたいというのは虫のいい話です。

まずは何を優先するのかを明確にした上でそれを伸ばして、それがある程度のレベルまで身に付いてから他を回復させるといった方法の方が普通だと思います。
先に述べたバーストは直したい行動そのものについてですが、弊害としてそれ以外の行動が問題として表れることもあります。
経験を積んでいれば当然に予想される弊害もあれば、その犬にのみ見られる弊害もあります。

一般的に効果の高い方法ほど弊害や副作用も多いものです。
特に即効的な効果のある罰は、その弊害や副作用も即効的に顕著に表れますので、使用するには専門家の指導を受けるべきです。
極度に臆病な犬に強い罰を用いると、失禁や脱糞あるいは肛門腺の噴出などをすることもあります。



▼行動学的アプローチ


陽性強化トレーニングを勉強した方ならお分かりのように、問題行動の多くは実は陽性強化による産物です。
これは「行動の結果として良い事が起きるとその行動の発生の頻度が高まる」という学習理論によって説明されます。
詳しくは 187 をお読みください。
自発的な学習においては、人間にとって好ましい行動も不都合な行動もまったく区別されません。
もちろんほとんどの人が、「私は犬がその行動を行なった時に褒めたりしたことはありません。」
「きちんと叱ってやめさせていました。」と思われるでしょう。
しかしそのような飼い主自身が気付いていないところに問題が潜んでいるのです。
まず第一に、犬にとっての良い事というのは、なにも飼い主から与えられるものだけではありません。
吠えたらハウスから出して貰えた(陽性強化)
吠えたら怪しい奴がいなくなった(陰性強化)

科学的トレーニングが流行りだした時期、トレーナーは口を開けば「無視しましょう」と言っていましたが、
最近になって「無視の推奨は無能の証明」だと思い始めるトレーナーも増えてきました。
しかしインストラクターの多くは、行動修正に有益な優れた手法として推奨しています。

・無視     それまでの飼い主の対応が悪化の原因である場合には、無視というよりも反応しないことが有効です。        
        (その場合は、行動随伴性の罰ではなく、消去にあたるかと思います。
        飼い主への依存が強い犬以外では、罰としての効果がありませんので逆に容認していることになります。       
        実際問題としては解除のしかたが難しく、私は理論的に納得できる指導に出会ったことがありません。   
・タイムアウト 人間的思考においては有効な方法なのでしょうが、犬には因果関係の理解が非常に困難な方法です。      
        分離不安に似た依存心の強い犬にとっては罰と成りえても、そうではない犬がほとんどなのが実情です。
        無視と同様に解除のタイミングや解除後の対応が難しいでしょう。
        スムースな送り出しが困難なケースも多く見受けます。

近年では行動心理学的な見地からの問題行動についての取り組みも多くなされてきていますが、
中には机上論としか言えない非現実的な対応策が述べられていたり、
方式を選定する前提とも言える原因究明についても、行動学は勉強しているのでしょうが、
犬そのものをわかっていないとしか思えないようなものも多く見られます。
行動学的トレーニングで述べられる行動修正の方法としては次のようなものがあります。

・消去法:  
   これまで行動を増大させた原因となっているご褒美を無くすことで 犬が自然にしなくなるようにしていきます。
   これは大変に重要なことで、これをきちんと理解していないことが、犬を訓練に出しても家庭に帰ってきたら、
   すぐに元に戻ってしまうとされる最大の理由です。
・対立行動分化強化法:
   問題行動と同時には成立しない、何か別の問題とならない行動を強化します。
   跳びつく犬にお座りを教えて、犬が近づいてきたらスワレをさせることで跳び付かなくします。
   来客に吠える犬に、お客が来たら床にフードをばら撒くと推奨していたトレーナーもいます。
・合図弁別法:
   合図をした時にその行動をするようにして、いずれ合図を出さないようにする方法。
   まず「吠えろ」を合図でするように教えて、いずれその後合図を出さなくするという論法です。
   理論的には成立するのかもしれませんが、実際の成功例を知りません。
・他行動分化強化法:
   問題行動以外のそれに似た行動を強化することで、その行動をしなくさせるものです。
    例えば甘噛みをしてきたら、犬に齧ってもよい玩具を与えるといった方法です。
   禁止されるようなものというものは、犬にとっては魅力的あるいは本能的行為なのですから、
   それ以上にというのは実際には難易度が高いでしょうし、しなくなる訳ではありません。


対象療法として用いられる主な手法
当然のことながら対症療法は現場主義となります。 何かをしたときにいいことが起きれば繰り返しするようになるし嫌なことが起きればしなくなるという原理に基づくものですから、重要なポイントはつぎの二つです。
・犬が行なった自分の行為と結果としておきたこととの因果関係を理解できること。
・しなくなるようにさせるには、犬にとって嫌なことが起きなければならないことです。
いわゆる罰を用いる手法も多くなりますので、その際にはきちんとした指導を受けた上で行うべきです。
罰については、必ず別頁もお読みください。 一部の本には2秒ルール(行動を起こしてから2秒以内に罰を与える)なるものが書かれているようですが、 これでは全く遅すぎます。
犬が行動を起こしたその瞬間というのは、すでに興奮状態にありますからなかなか理解できません。
行動を起こそうとしたタイミングでなければなりません。

■「止めること」を教えることと、「しないように」教えることは別物です。


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