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相談編

195相談=跳びついて困る犬
相談=跳びついて困る犬
来月で、一才になる、ゴールデンレトリバーの雄を室内で飼っています。とても人なつこく明るい性格ですが、「跳びつき癖」で困っています。特にひどいのが、散歩に連れていく準備をする時や、犬の食餌の支度をする時等で、ものすごく跳びついてきます。また、お客様がおみえになった時は、お帰りになる迄、ずっ−と興奮しっぱなしです。本を読んでいろいろと叩いたりもしてみるのですが、一向に良くなりません。(以下略)

とにもかくにも、日本の犬は「興奮症」です。
他にも幾つもの原因がありますが、一つに、周囲の人の接し方にもあります。
犬を嫌いな人は、大げさに避けて歩くし、その逆に犬好きな人は、すぐに寄って行って撫でたがるのです。
犬が跳び付いても、「いいのよ」と言って全く平気、むしろ、自分が 犬に好かれる事に対して、得意顔でいるのです。跳び付かれる事を承知で近寄ってきた第三者である、あなたにとっては、「いいのよ」かも知れませんが、犬に跳び付く癖を付けさせられている、責任者である飼い主にしてみれば、ちっとも良くないのです。
さらに、止めさせようと犬を叱ろうものなら、「まあ~可愛そうに」となるのです。

犬が喜んで、家族や、他人に跳びつく事で悩んでいる方は、非常に多いように思います。
特に大きな犬をお飼いの場合は、たとえ、犬が遊びで、軽く跳びついただけでも、犬の嫌いな方にとっては、「襲われた」という表現になりますし、相手がお年寄りや小さな子供さんの場合には、思いがけない大怪我をさせる可能性がある事を、十分に承知しておかねばなりません。

まず始めに、一般論を述べましょう。以前にも書いたように、跳びつく事を止めさせるには、「跳びつこうとした犬の鼻っ先を叩く」「跳びついてきた犬の前足をギューっと握って離さない」「犬の後足を踏みつける」「犬の後足を、柔道の送り足払いの要領で払い倒す」「犬の胸を膝で蹴る」等々、実に多くの方法が言われています。 しかしそのいずれもが、いわゆる、「対処療法」であって、本質的な、「原因療法」ではない事を承知しておいて下さい。しかも、それらの対症療法は、両刃の剣であって、ちょっとしたタイミングや強さの加減を間違えると、一層に事態を悪化させてしまうのです。

では次に、葉書の文面から、まず考えられる原因を探っていきましょう。
第一に言えることは、飼い主の方も述べているように、この犬の性格に原因があります。
ここで間違えないで頂きたいのは、たとえ原因は犬の性格にあっても、問題はその様に育てた飼い主にあるという事です。本来なら長所であるべき「人なつこい」「明るい」「活発」といった特性を、欠点として現わさせてしまうのではなく、その犬の長所として、良い方向に活かして あげる事こそが、「育てる」という、飼い主の義務なのですから。
第二に、散歩・食餌・来客と言った、こういった性格の犬にとって好ましい結果をもたらす事柄、すなわち、「賞」の前に、問題行動の頻度が高まるという事は、犬が、その問題の行動と、賞とを結び付けて理解してしまっている可能性が高いといえるでしょう。
第三に、生半可に良くならない方法を繰り返している事に問題があります。

この方は、近くにお住まいでしたので、その様子を拝見させて頂きました。
お宅にお伺いしてブザーを鳴らすと、奥様が犬の首輪を持って犬を抑えながら玄関の扉を開けて下さいます。
犬は、私を見て喜びを一杯にあらわし、首輪を掴んでいる奥様の手から逃れようと暴れ回ります。奥様は必死に犬を抑え付けながら、「いつもこんなふうなんですよ。」とおっしゃるのです。 「ワンちゃんの、普通の様子を見たいので、止めさせないで、犬の好きにさせて下さい。」とだけお願いしてリビングルームに通して頂いたのですが、ものの二~三分もしない内に、犬はすっかり落ちついて、奥様を驚かせました。「いつもは、こんなじゃないんですよ。やっぱり、先生だって事がわかるんでしょうかね?」私が、何もしていないのに、犬がいつもと全く違うのが、どうしてなのかを奥様は、全く理解できないようでした。

ところが、犬の立場になってみれば、二つの大きな違いがあるのです。一つは、「来客が、自分が喜んで跳びついても、何の反応もなかった事」。そしてもう一つは、犬の好きにさせておいて下さいと言われたため、「飼い主が、犬に止めさせようとしなかった事」です。
つまり、結論を先に言ってしまえば、「来客の、犬との接し方」と、「止めさせようと思ってする飼い主の行動」とに大きな問題があるのです。 プロの訓練を見学していても、愛犬家がまず見落としてしまう点は、この「何もしない」という事でしょう。皆様の最大の失敗の一つに、「自分が犬に教えようと思っている事」と、「自分のとってる行動」とが一致しない事にあります。そのため犬にすれば、飼い主が自分に何を要求しているのかが、非常にわかりにくいのです。「なにもしない」という事の重要性を充分に認識して下さい。

ではさかのぼって、原因を考えて見ましょう。
以前にも述べました様に、犬の行動は、先天的に持つ本能・習性と、後天的に得る学習とに支配されます。
この方の場合は、「跳びつく」という行動を、その両者において教え込んでいるのです。

まず前者について言えば、犬が跳びつこうとする度に、飼い主の方が、反射的に身を退いて避けようとする動きがあるのです。こうした飼い主の何気ない仕草が、犬の「本能・習性」のうち「狩猟本能・動く物を追う」を引き出しているのです。もちろんそんなつもりはないのでしょうが、飼い主の方の手の動きを見ていると、第三者目には、まるでネコジャラシで遊んであげているようにしか見えません。

次に後者の「学習」という面においては、犬は、「跳びつけば遊んで貰える」という学習に始まって、「引き紐を用意」⇒「跳びつく」⇒「散歩に行ける」。また、「食餌の用意」⇒「跳びつく」⇒「ご飯を貰える」といった事を学んでしまったのです。それに加えて、「お客様が来た時は、飼い主は怒らない」という事も学んでいるかも知れません。 何故、そうなってしまうのかといえば、生後2~3か月の子犬が、駆け寄ってきて前足を掛けたときに止めさせようとする方は、まずいないでしょう。それどころか、ほとんどの方が、撫でてあげたり、抱き上げてやったりするのです。その上、「お手」などという芸を教え込んでは、誉めて遊んであげるのです。
そのくせ、ある時期を過ぎると、今度は、犬が前足を掛けてくると叱るようになるのです。 ところが、飼い主としては、叱っているつもりであっても、ヤンチャ盛り、遊び盛りのその月齢の犬にしてみれば、飼い主が遊んでくれているとしか思わないのですから、犬は「跳びつけば、遊んで貰える」という事を、「学習」するのです。

さらに言えば、奥様が、犬を跳びつかさせまいと思って、首輪をもって抑えている様子は、警察犬の訓練で犬を犯人にけしかける際に、犬の興奮を、一層、高揚させる方法に瓜二つなのです。また、普段から、そうした状況で掛けている言葉は、飼い主は、制止の言葉のつもりでいても、犬にすれば、激励の言葉だと思い込んでしまっているのですから、逆効果にしかなっていないのです。

ここまで原因がわかれば、治す事は、理論的には、非常に簡単です。まず第一に、犬に、「跳びつく」事をしても「何も起きない」という事を教え込みます。そのためには、犬が跳びついてきた時には、石像のように全く動かない事です。もちろん、声も掛けないし、犬を見る事もしません。 また、あなたが、引き紐を用意すると、必ず犬は散歩に連れていって貰えたから、「引き紐の用意」=「散歩」という条件付けが成立してしまったのです。つまり、「引き紐の用意」をしても「散歩には行かない」という事を繰り返す事によって、条件付けを「消去」する事が必要です。 そしてそれと同時に、跳びついたら、散歩や食餌は、お預けになるという事を教えます。 それには、跳びついた瞬間に、即座にその時点で進めていた準備は中断してしまいます。

実際の練習としては、一日に、それこそ何十回となく散歩にいくふりだけをします。食餌に関しても、要領は全く同じです。 そしてもう一つ、飼い主が「犬に号令を掛けてから何かをさせる」というごく基本的な事をしなかったがために、犬は、その条件反応の間に挿入される「自己の行動」に、自分が本能的に行なった「跳びつく」という行動を当てはめて条件付けをしてしまったのです。その「自己の行動」が、「跳びつく」という動作であったがために、問題となったのです。仮に「跳びつく」ではなく「座って待つ」であったなら、何ら問題はないのです。 「~をしないように」と教えるより「~をするように」と教える方が数倍も簡単なのです。つまり、犬にとって好ましい結果を招く前(食餌の前・散歩の紐を付ける前・玄関を出る前・来客に撫でてもらう前・誉めてあげる前等々)には、必ず「座れ」の号令を掛ける事が、第二の方法です。

来客に対しては、冒頭に書いたように、また別の難しい問題があります。日本人の犬のしつけに対するレベルや感性を考えれば、善意の第三者に、良識のある犬の扱いを望む事に無理がありますので、せいぜい、犬が座ってから撫でて頂くようにお願いする程度に考えて、 まずは、飼い主の側でできることを教えていきましょう。具体的な方法としては、引き紐を付けるという、極めてあたりまえの事なのです。




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