170問題行動編
問題行動編

187原因の特定

  悪い犬なんていません、悪いのは飼い主です。
テレビの影響もあるのでしょうか、最近ではよく「ダメ犬」と言う言葉に対して、
「ダメ犬なんていません。いるのはダメ飼い主だけです。」などと言われているのを耳にします。
たしかに飼い主に問題がある場合も多いのですが、犬自身に問題がある場合も多くあります。
愛犬を擁護するあまりに本質から目を背けてしまっては、肝心な問題を解決できなくなります。

なぜ近年このようなことが多く言われるのかと言えば、動物行動心理学に基づくトレーニングが広まってきたことによります。
詳しくは 187 に述べていますが、行動学は犬の行動を管理する上での半分を占める重要な原理です。
逆に言えば半分にすぎないということです。行動分析学では行動の原因を犬の内部に求めることはしませんので、
必然的に原因は外部環境すなわち飼い主の対応とされるのです。

つまり行動分析学が原因としているものは、行動を悪化させた原因であって行動の原因ではありません。
たしかに、犬がある行動を起こした際の飼主の対応が、その行動を強化させる原因になることは多くありますが、
それだからと言って問題行動の原因が、飼い主の責任であるとは言えないのです。
吠えのように若干であれば問題とならない行動であれば、悪化した原因を取り去って行動を減少させれば問題は解決されますが、飼い主への咬みつきといった問題行動においては、いかがなものかと思います。



原因の究明

診断では正しく原因の究明がなされることが重要ですが、多くの人が陥りやすい間違いが二つあります。
一つは、今も述べたように「悪化した原因」を原因だと思い込んでしまうことです。
悪化とは、行動心理学でいえば強化ということです。
すなわち、その行動の結果として生じた「いいこと」を、原因だと思い込んでしまうことです。
と言っても行動分析学においては犬の内面は対象外ですから、この「悪化した原因」を「原因」とします。

もう一つは、きっかけとなった原因を、原因だと思い込んでしまうことです。
例えば、咳をしたとたんにギックリ腰になることがあります。 咳の際の振動は、「表面化した原因」であって、本当の原因ではありません。

たとえば警戒心というものは、一般に幼少期は乏しく、思春期になるにつれて芽生えてくるものです。
それを踏まえて他人への警戒心を持たないように育てていなければ、ある月齢から急に他人に吠えるようになることはむしろ当然とも言えます。
「生後半年の頃に、いつもとは違う郵便屋さんが来た時に吠えたのが最初です。犬嫌いの人だったのか、何かをしたのではないかと思います。
 それからはいつもの郵便屋さんに対しても吠えるようになり、 今では家に来る人には誰に対してでも吠えるようになってしまいました。」
このように話をする飼い主がいます。
原因を「犬嫌いの郵便屋さんに何かをされた」こととしてしまってよいのかどうかです。
そもそも郵便屋さんというのはポストに投函するという自分の用事が済めばそのまま帰りますから、
犬にすれば「自分の姿を見て、あるいは自分が吠えたら逃げて帰った」と、成功体験による自信を持ちやすい相手です。

櫛掛けの際に噛みついてくる犬の場合に、その原因をどこに求めるのかもそれぞれです。
たまたまオデキができていたのを知らずに櫛をかけた際に、オデキに引っ掛けて痛い思いをさせたことがあり、
その時以来、櫛掛けを嫌がり噛み付くようになったという犬の場合についてです。
 Q. その時犬はどうしましたか?
 A. キャインと言って、私の手を噛んできました。
 Q. その時あなたはどうしましたか?
 A. 怖くて咄嗟に手を引っ込めましたが、その後はちゃんとゴメンネ~と撫でてあげました。
服従心の欠如とするか、臆病な性格とするか、達成の経験によるものとするか、それぞれに違うのです。
このように問題行動の矯正では、原因をどこに考えるのかによって治療が違ってきます。

電車の脱線事故を例に挙げれば、カーブでの速度超過が原因であるというのも間違いありません。速度遵守を徹底すれば事故は防げるはずです。
しかし現実はそうではなく、事故から数年が経てば、また速度超過をする運転士が現われます。
なぜ速度超過をしたのかという所まで踏み込んで原因を探っていけば、所要時間の設定に無理があったり、
遅れてはいけないという強いプレッシャーが有ったことが原因である、という見方になることもあるでしょう。

本質的な解決策として原因を取り除くこともよくいわれます。
原因を欲求不満であると考えるのであれば、欲求を満たしてあげれば解決するのです。
「疲れた犬は良い犬だ」という言葉があります。
この発想に則れば、矯正訓練の方法などは学ばなくても、十二分に散歩させれば解決することもあるでしょう。
ただし逆に犬がパワーアップして人間の体力が続かなくなるケースもあります。

原因はストレス
まず一番に言われる原因はストレスです。
たしかにそれは間違いではありませんが、回答するトレーナー側にとって、もっとも都合の良いものでもあります。
最近ではストレスホルモンを数値で測ることもできますので、いかにも科学的な判定のようにも思えます。
原因がストレスであれば、ストレッサー(ストレスを引き起こす物理的・精神的因子)を排除することが最善の有効な解決方法でしょう。
原因を欲求不満であると考えるのであれば、その欲求を満たしてあげれば、容易に問題は解決するのです。
充たしてあげることが可能な欲求であれば、それでいいのかもしれません。
犬の気持ちを考えて犬が望むことを理解して応じてあげることは犬にも優しく自分自身もいい気持になれます。
しかし欲求というのは充たされる毎に限りなく膨らんでいくものです。
欲求が膨らみきって、それに対応しきれなくなってから直すとなれば、それにはかなりの困難があります。
我が子が転んで怪我をしないようにと常に先を歩いて障害物を取り除いてあげる親が良い親でしょうか。

私の基本方針はストレッサーを排除するのではなく、ストレスと感じない適応能力を養うことや、
ストレスへの耐性を身に付けさせることです。

主なストレス
日本で多く言われる原因が散歩(運動)不足です。
イギリスの諺には「疲れた犬は良い犬だ」というものがあります。
カリスマドッグトレーナーといわれるシーザー・ミランは「一に運動、二に規律、三に愛情 」と言っています。
これらの発想に則れば、犬の訓練方法など学ばなくても充分に運動をさせれば多くの問題は解決するでしょう。
その昔は、息子の部屋でエロ本を見つけた母親からの相談に「スポーツをさせてエネルギーを発散させましょう」
と答える教育評論家もいましたから、一応もっともらしい意見なのかもしれません。

問題行動の相談へのアドバイスや質問への回答の中で、多く述べられる原因には次のようなものがあります。
・ストレス(長時間の留守番・狭い場所での飼育・運動不足)
・親兄弟から早くに離したことによる弊害(犬としての教育を受けていない)
・幼少期の社会化不足(その通りなのですが、ほとんどの場合に社会化の意味
別頁が違っています)
・体罰や虐待による弊害

これらについては、全てを否定するつもりはありませんし、それが原因と思われる場合もありますが、
私が問題行動の解決に取り組む際にこれらを原因とすることは、もしかすると少ないかもしれません。
むしろ私がもっとも問題だと思うストレスは、飼い主とのコミュニケーションが築けていないストレスと、
頼るべき相手がいないストレスです。
犬への優しさのつもりで接する扱いや自主性を尊重するつもりで与える自由が、
実は犬にとっての大きな負担であることを知っていただきたいと思います。
精神的ストレスは身体的ストレス以上に、犬の心を病み、犬の行動面に悪い影響を及ぼします。


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