230教えるということ


232ほめて教える?叱って教える?
ほめて教える?叱って教える?
  褒めて教えるのがいいのか、叱って教えるのがいいのかということであれば、話は簡単です。
教える事柄が「何かをするように」ならば褒める、「何かをしないように」ならば叱ればいいのです。
しかしまずは方法を選ぶより前に、何を教えるべきなのかをしっかり定めなければなりません。
人の教育でも、能力を伸ばすことを目的とする学業指導やスポーツ指導と、他者との協調を目的とする
生活指導とでは、その選択の是非を同一に語ることはできません。

同じに「教える」といっても、「何かをする様に教える」事と、
「何かをしない様に教える」事では、ある意味で全く異質の事となります。
また、「何かをするように」と教えることと「何かをしなければいけない」と教えること、
あるいは、「何かをしないように」と教えることと「何かをしてはいけない」と教えることは、
それぞれに大きく違うのです。

叱ることを否定しすぎるがために、「してはいけないこと」を置き換えて、
「こうすれば、いいことがある」「こうすればほめてもらえる」といった教え方をしていたのでは、
ただ、「良い子を演じる、表面的な良い子」しか育たないのではないかという危惧があります。

バスの中で騒ぎまわるわが子に、「いい子にしていたら、おもちゃを買ってあげるから」という
しつけをしていたのでは、いつしか子供は、「買ってくれないなら、いう事をきかないよ」といった、
本末転倒した要求の仕方をするようになることもありますし、ほめてくれる人が周囲にいない時には、
好き勝手にするようにもなります。

また同様のケースで、「静かにしないと運転手さんに叱られますよ」といった叱り方をする親を見かけますが、
そうした叱り方は、「叱られなければ、してもいい」「こわい運転手の時は、騒いではいけない」といった
理解をしてしまうという問題点があります。(ちなみに、騒いでいる子供を叱るのは、運転手の仕事ではなく、
親の仕事です。)

「叱られるから、してはいけない」のではなく、「いけないことだから、してはいけない」という教え方をするべきだと思います。  
「ほめてもらえるからする」、「おずかいをもらえるからする」、あるいは、「叱られるからしない」という、
他人の反応に応じて、するかしないかを決めるのではなく、行動が、適か否かによって、するかしないかを決めなければいけないのです。

初めて子犬を飼い始めた方の実際から見ていきましょう。
まず多くの方が、子犬を部屋のなかで放して自由にさせます。
そのうちに、あちこちで粗相をするから、ごみ箱をひっくり返すから、家具を齧るからといった具合に、
あれダメ、これダメと言って犬を叱ります。あれダメ、これダメで、要はケチをつけているだけです。
叱って、ダメを教えるのは一見簡単そうですが、それでも案外多くの方が、間違ったことをしています。

カーペットの上でオシッコをしている子犬を見つけ、飼い主は、すかさず子犬を叱ります。
飼い主は「そこでしてはいけない」と教えたつもりでいますが、
犬が理解するのは、「オシッコをしてはいけない」ということです。
「オシッコをするのを見つかると叱られる」といった理解で、今後は、ママに隠れて、
つまりは、より掃除のしにくいところでオシッコを済ませるようになるのです。

このように、「何がいけないのか」をわからせるだけでも難しいのです。
「何かをするように」「何かをしなければいけない」ということを、叱るだけで教えることができるでしょうか。
「なにをしてはいけない」「かにをしてはいけない」で、犬を叱るばかりでは教える事にはなりません。
併せて「何をすればいい」「どうすればよい」ということまでを理解させてこそ、教えるという事なのです。
何かをするようにと教えるよりも、何かをしないように教える方が大変だということは先に述べました。
それゆえ「それをしないように」ではなく、「別のことをするように」教えていこうという考え方もあります。
似たような発想に「アリバイ」があります。犯行日時に、現場にいなかったという証明は大変難しいので、
同日時に、別の場所に居たことをもって、現場不在証明とするものです。

例えば、家族や来客に跳び付いて困る場合、人の傍に近づいたときに跳び付かせないために、
跳び付いてきた所を叱って跳び付かせないようにするのではなく、近づいてきた時に、
「座れ」「待て」をするように教え込む方が、はるかに有意義なことです。
また、こうする事によって、叱らないで、ほめて教えていくことができるのです。

そしてそのために、「座れ」「待て」等といった基本的な号令を、事前に犬に教え込む事は有益です。
いわゆるこうした科目を教え込む事、すなわち「訓練」をする事で、「しつけ」を容易なものにしていくのです。
ここまでで、足元に座るように教えることにより、跳び付かないように教えることができました。
しかし、犬は、跳び付いてはいけないということを理解したわけではありません。

では次に、「何かをしてはいけない」ということを、ほめるだけで教えることができるのかを考えてみます。
最も問題となるのが、次のような場合です。飼い主が、頭を撫でようとすると咬み付く犬がいます。
臆病な犬を叩くことによってこのような問題を起こすことが多くあります。
直すためには、まず、犬の恐怖心を取り除くことから始めるでしょう。
そして次第に、人間の手を好意的に受け入れるようにと馴化していくのが、ほめて教える場合の定石です。
こうすることにより、犬は咬む必要がなくなり、飼い主は犬の頭を撫でてあげられるようになるのです。

しかし考えてみて下さい。
犬は、「咬む必要がない」「咬まないでいればいいことがある」ということまでは理解しています。
ところが、「人を咬んではいけない」ということは何も教わっていないのです。
「頭を撫でても、犬が噛まないでいることができるようになった」からといって、
将来にわたって、「頭を撫でても、犬が噛まない」という保証は全くないことも忘れないで下さい。





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