問題行動編
ダメ飼い主には大きく分けて二つのタイプがあります。
叱ることこそ教育だと思い込み、何事でもビシバシと犬を叱りつける人と、犬が何をしても、いい子いい子で可愛がるばかりの人です。
一昔前までは前者のタイプの飼い主が多かったのですが、最近では後者のタイプの飼い主が圧倒的に増えています。
生兵法怪我の元
一口に噛み癖と言っても、いわゆる甘噛みから本気噛みまで、その原因から症状まで実に様々であり、それこそ寝不足による頭痛も、脳腫瘍による頭痛も全てを一括りに頭痛と言っているようなものです。
当然にほっておいてもそのうちに治るものもあれば、治すことが極めて困難なものもあります。
一見すると同じような症状であっても必ずしも同じ病気とは限りませんし、同じ症状であっても原因が違えば全く別の治療方法を必要とすることもあります。
本やネットで見かけた方法を、いろいろと試してみることは最悪のことです。
正しい診断を受けないまま素人判断で治療方法を選択することや、見よう見まねや聞きかじりの治療を行なうことは、症状を悪化させるばかりかさらに別の問題を産み出すことになりかねません。
一般に効果のある方法は副作用や弊害もあるのが普通です。正しい診断の元、専門家の指導の元に行うべきでしょう。
問題の先送りが重篤な事態を生み出します。
例えば一般にいう「ぎっくり腰」ですと、医者に行かずとも数日の自宅安静で治ってしまうことも多いようです。
ただし正確には、治って(なおって)しまうのではなく、治まって(おさまって)しまう、なのです。
しかし時間の経過は事態を進行させ深刻化します。
問題行動の多くは、飼い主が犬の幼少期に教えるべきことを知らずに、あるいは教えずに育ててきた結果です。
失礼な表現になりますが、多くの人は上手に教えることができなかったから、今、問題行動で困っているのです。
それこそ、これまでの何が悪かったのか、これから何をどうすればいいのか分からないことでしょう。
本やネットで調べて何とかしようとすることは悪いとは言いませんが、良い方法とは言えません。
そもそも行動修正のトレーニングというのは、訓練士にとっても通常の訓練以上に難易度の高いものです。
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問題行動とは
問題行動の定義
問題行動とは、飼い主自身が困ったり、他人に迷惑をかけたりする行動のことをいいます。
(ごく稀に見られる、常同行動や自傷行為のように精神疾患の疑われる行動は、「異常行動」といいます。)
その判定は、行動の種類や程度、発生頻度など客観的要素で決まるのではなく、人間が問題と感じるか否かという
主観的要素によって決まります。同じ様態や同じ程度の行動であっても、飼養環境や飼い主の性格などによって
問題行動とされる場合もあれば、されない場合もあります。人間が問題視した時に初めて問題行動となるのです。
すなわち問題行動に関しては、その認識も成果判定も、さまざまな要因や主観によって左右されるのです。
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問題行動とは
問題とされる行動のほとんどは、犬にとっては本能に基づくむしろ一般的とも言える行動です。
つまりこれらの行動は、人間にとって都合が悪いだけで、犬にとっては何ら罪悪感のないごく普通の行動です。
それどころか多くの場合、ある時期までは同様の行為を飼い主から要求されていたり、容認されてきたりしたはずの行動なのです。
悪癖とは
悪癖という言葉には、ちょっと注意が必要です。 吠え癖、噛み癖など、さまざまな問題行動で使われる言葉ですが、
繰り返されてこそ癖なのであって一度や二度起きる分には、悪癖とは定義されません。
しかし、本気咬みなどは、ただの一度さえあってはならないのです。
そして一度起きれば、二度三度と一気にその行動は再発する特性があります。
とかく事が起こるまでは寛容な人が多いのですが、そうしたことを踏まえて予防を心がけることが大切です。 |
問題行動のいろいろ
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問題となるか否かは要は程度次第ですので、犬のありとあらゆる行動の全てが問題行動となり得ます。
行動の種類として分けて考えるのが一般的ですが、原因別に考えてみることも大切です。
○ 遺伝的問題行動 : 犬種特性や血統特性としての行動
○ 性格的問題行動 : 探究心や好奇心、依存心や警戒心などさまざまな性格的な面から発生、増幅されがちな行動
○ 環境的問題行動 : 飼育環境における特有の刺激によって発生しやすくなる行動
○ 習慣的問題行動 : 飼い主が無意識のうちに増長させてしまった行動
○ 体験的問題行動 : 恐怖体験など自身の体験によって発生する行動
ただしこれらは複合的に作用して問題行動として生じることがほとんどです。
その他に、時期別に発生期・修得期・完成期とする分類や、程度別に軽症・中等症・重症・重篤とする分類もできます。
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問題行動の修正の難易度
同じ原因によるものであれば、症状の重いものよりも軽いものの方が治しやすいことは言うまでもありません。
しかしそれ以外の要素によっても、治しやすいものと治しにくいものとがあります。
・月齢や年齢が進むほどに治しにくくなります。
ただし通常よりもかなり早い時期に発症する場合は、先天的気質に重篤な問題がある可能性があります。
・発生からの期間を経るほどに治しにくくなります。
習慣化・既得権益化した場合は困難です。
・治療歴を重ねるほどに治しにくくなります。
犬自身が治療法に対する耐性や対策を身に付けてしまうと困難です。
・本能的行動であるほど治しにくいものです。
犬種特性に基づく行動や血統的な特性により増大している行動を直すことは、プロであっても困難です。
・再現性の低いものほど治しにくいものです。
治しにくいと同時に、治ったかどうかの見極めも難しいと言えます。
・大型犬ほど治しにくいものです。
行動学的に言えば小型犬も大形犬も同じですが、どうしても求められる水準が高くなる分だけに困難です。
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問題の解消には
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大きく分ければ、行動が起きても問題とならないようにする解決法と、行動そのものを減少させることによる解決法とがあります。
さらに言えば、しつけによって犬がその行動をしないようにする方法もあれば、物理的な策を講じて犬がその行動をできないようにする方法もあります。
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さまざまな解決方法
①問題を無くす(減少させる) : 行動が発生しても問題とならないようにする。
物理的対策 転居・防音工事 部屋の片付け
精神的対策 近隣への挨拶・意識の改革 (「うちなんてもっと」「そんなものよ」「そのうちに」)
身体的対策 声帯除去・犬歯切除・口輪装着
②行動を無くす(減少させる) : 問題となる行動そのものが発生しないようにする。
物理的対策 行動を発生させる状況を作らない(ケージ・繋留)
教育的対策 躾・訓練・トレーニング
身体的対策 去勢手術・避妊手術 薬物治療
吠えを例に挙げて述べてみましょう。
・犬を手放す(論外の解決策)
・近隣のいない僻地に転居する(問題解消のための環境整備)
・部屋に防音設備をする(問題解消のための環境整備)
・声帯を切除する(医療的解決策)
・犬は吠えるのが仕事だと開き直る(精神的解決策)
・犬小屋の場所を玄関先から中庭に変える(行動減少のための環境整備)
・犬を吠えないようにしつける(教育的解決策)
破壊行動であれば、同様に
・犬を手放す(論外の解決策)
・精神安定剤を投与する(医療的解決策)
・口輪をする。(行動不能のための物理的対策)
・諦めて気にしないことにする(精神的解決策)
・ケージやサークルで飼育する(行動不能のための物理的対策)
・齧られて困るものを犬の生活空間に置かない(問題解消のための環境整備)
・齧ってよい玩具などをたくさん与える(問題解消のための環境整備)
・犬に物を齧ることをしないようにしつけをする。(教育的解決策)
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問題行動の専門家
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ただし相談先となるいわゆる専門家も多種多様、かつピンからキリまでです。
犬の専門家であっても問題行動については専門外の人もたくさんいます。
逆に「問題行動が専門です」と自称する人たちには、書籍やセミナーで勉強した行動学の理論を主体とした人たちが増えています。
行動学理論が重要なことは間違いないのですが、どうしてもそうした人たちの多くは実経験に乏しく、犬の本質を知りません。
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相談相手の色々
多くの人が患う腰痛ですが、ある人は医者にかかるのではなく鍼灸院や接骨院に行くし、整体やカイロに通う人もいるでしょう。
一口に腰痛と言っても、筋肉痛や椎間板ヘルニアかもしれませんが、腎臓結石や内臓の腫瘍などといった病気の可能性もあります。
軽い捻挫などであれば整体などで問題なく治る場合も多いのですが、接骨院や整体所は医師ほどの幅広い専門知識を持ちませんし、
診断にあたって血液検査やレントゲン検査などを行なえません。
内臓疾患による腰の痛みを素人判断で整体に通っていたのでは、治らないばかりか、どんどん悪化させてしまうことになるのです。
病院に行けば医者はまず診察をし、必要な検査をして病名を診断してくれます。
国家資格である医師や鍼灸師・柔道整復師などと並べて比較することはおこがましくもありますが、
何となく訓練士とトレーナーとインストラクターといった区分けも、これらと近いものがあるかもしれません。
ついでに言えば、入院が預託訓練、往診や通院が出張訓練、自宅治療がしつけ教室といった感じでしょうか。
「これまではハウスに戻す時にも喜んで抱っこされていたのに、最近は唸って逃げるようになりました。」
上記の相談へのアドバイスとして、極端なたとえですが下記のような違いがあると言えましょう。
先輩愛犬家 :反抗期よ、うちの子もそうだったけどそういう時期があるものよ。
ほっておいても自然に直るわよ。
訓練士 :自分が嫌なことを受け入れなくなってきているのは、上下関係が逆転しているからです。
服従訓練から始めましょう。
トレーナー :抱っこ→ハウスに入れられる嫌なこと、と学習したからでしょう。
まず、抱っこをしたらすぐにオヤツをあげましょう。
インストラクター:無理に抱っこするのではなく、上手に誘って犬が自分からハウスに入るようにしましょう。
まず、ワンちゃんにおやつを見せて、それからオヤツをハウスの中にほうり入れます。
獣医師 :病気か怪我で抱っこされると痛みがあるのかもしれませんね。
血液やレントゲンなど一通りの検査をしてみましょう。
現実を踏まえた理論を以って実践できる人を選ぶべきです。
当然に私がお薦めするのは悪癖矯正に長けている訓練士ですが、訓練士にも専門性に大きな違いがあります。
家庭犬の訓練を主体とする訓練士と、競技会の訓練を主体とする訓練士の二つです。
JKC公認訓練士だから家庭犬、警察犬協会公認訓練士だから警察犬というものではありません。
家庭犬といっても競技会や資格試験向けの訓練ではなく、しつけを主体の訓練をしている人がお薦めできます。
経験は重要ですが、経験則だけに頼りきちんと行動心理学を学んでいない訓練士は避けた方が良いでしょう。
預かり訓練を全否定する人や、一切犬を扱って見せないトレーナーの言うことを私は信用しません。
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相談から解決まで
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問題行動に悩む方は、まずは犬の様子を専門家に見てもらった上でアドバイスを受けることをお薦めします。
それこそ飼い主の対応一つで犬が劇的に変わることもありますし、訓練うんぬんどころではなく、
犬との生活の環境や方法を変えなければどうにもならない場合もあります。
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相談からの流れ
診察→検査→診断→目標→方針→計画→施術→判定→評価
現状の把握
何が問題となっているのかについて、その本質を正しく捉える事が必要です。
問題によって働き掛けをする対象が異なるからです。
犬自身に問題があるのであれば犬に対しての訓練や矯正といった対処が必要になりますし、
飼育状況や飼い主の対応に問題があるのであれば飼い主のトレーニングや飼い主への助言や指導が必要になります。
★診察
まず相談を受けたら飼い主の方から簡単な聴取を行ないます。
そして医療でいうところの診察にあたる段階として、飼い主との面談において問診と聴取を行なうとともに、
実際の様子と飼い主の対応などを観察し、現在の症状を把握するとともに、原因と思われるものを推定します。
問題行動の多くが飼養環境下において現れますし犬は場所によって態度や行動を変えますので、
必ず飼い主の自宅を訪問し、普段の犬の様子とそれに対する飼い主の対応、飼育状況や近隣の環境などをきちんと見てみなければ、
正しい原因究明には繋がりません。まさに、百聞は一見にしかずと言えるでしょう。
診察によって現状の把握は可能ですが、その行動が問題となるまでの経緯については飼い主から話を聞くしかありません。
問診や聴取は大切ですが、それだけを鵜呑みにして判断を下すことは、大変に危険なことでもあります。
聞き取りの難しさには、偏りや思い込み、あるいは見過ごしによって正しく認識していないことと、
隠蔽や虚偽、誇大表現により正しく報告がなされないことにあります。
自ら相談に来ているのですから、何も隠し立てする必要などないはずなのですが、
話に聞くのと実際にお宅に行って様子を見てみるのとでは大違いということも多くあります。
一般に犬の問題行動を相談する人には、犬をかばうタイプの人と、犬を責めるタイプの人とがいます。
大げさな人や、その逆にあまり気に留めない人もいますので、聞いた話を加減して判断する必要もあります。
本人が問題意識を持っていない部分については当然に話に出てきません。
重大な要因もそもそも重大である意識が無いのですから話にも出てきませんので、質問をする中で上手に引き出していきます。
犬がその問題行動を始めた時期についても、飼い主の方の多くは自分が問題を意識した時期を答えます。
しかし実際には、それ以前からその兆候が表れている場合が多いのです。
その行動の発生の時点ではまだ問題視されていないため問題行動の発生ではないのです。
今後の治療のためには、行動が始まってからそれが問題行動と認識されるようになるまでの期間と、
その間の飼い主の対応がどうであったのかを知ることが大切です。
「それまでは何ともなかった」と言う飼い主の言葉をどう捉えるのかということも重要です。
兆候を見逃したり、まだ子犬だからといって容認したりすることによって、犬はその行動を強化していくのです。
無視という名の容認や、その場しのぎの対応による問題の先送りによって、より一層深刻な事態を招くのです。
最近広まってきた「花粉症」というものも、ある日を境に突然に症状が現れるのだそうですが、
それはバケツの水が溢れるが如く、それまでの蓄積のうえに起こることなのだそうです。
★検査
次の段階は、いわゆる検査になります。これにより原因の究明をします。
推定されるいくつかの原因と思われるものを、検査によって消去することで絞り込んでいき特定します。
検査という表現は大袈裟ですが、いくつかの状況で再現テストをしてみることで判ることも多くあります。
それらによって、診察段階で推定されるいくつもの原因から、無関係なものを、順次、消去していきます。
そのためには、どういった時にはどのようなことを試すべきなのかを適切に知っておくことが大切です。
小さなお子さんが泣き叫んでいて、足のくるぶしが膨れていたら、まずは捻挫か化膿を疑うでしょう。
通常はその場やその前の状況により、可能性の高いものにあたりをつけて検証をしていきます。
キャンプ場のテントの中でずっと寝ていたのならば虫や蛇によるものを疑うし、
テントの外で遊びまわっていたのなら捻挫の可能性も高いでしょう。
手のひらの擦り傷や洋服の汚れを見たり腫れている部位に小さな穴が無いかなどが判断材料にもなります。
病院であれば、血液検査で白血球数を調べたりレントゲンを撮ったりするでしょう。
★診断
原因となるものをいくつか予測し、原因を特定するためにいくつかの検査を行ない、その結果を以って判定します。
診断こそが重要です。正しく診断ができなければ、正しい治療はできません。
同じような症状であっても異なる病気であれば、当然に治療方法は異なります。
薬であっても用量用法が大切なことは当然ですが、それ以前に用途を間違っていたのでは話になりません。
先の例で言えば、子供の足が腫れている時に、原因が蛇に噛まれて腫れているのであれば、
ギブスで固定したり湿布をしたりしても、それではまったく意味がありません。
★目標設定
どの程度までの改善を望むのかによって選択する方法が違ってきますので、まずは目標を設定します。
そしてそれに適した方法を選択するとともに、治癒までの見通し(程度・期間・費用)をたてていきます。
もちろん理想として言えば完全治癒を望まれるのでしょうが、それには当然にさまざまな負担を伴います。
そもそも根治的な治療が必要とされるのか、ある程度に改善すればそれでいいという人もいるでしょう。
吠えの問題においても、吠えないようにすることと吠えても指示で吠え止むようにすることとでは大違いです。
問題行動を解決するということは、犬と飼い主との妥協点の模索ということでもあります。
大幅に譲歩して妥協点を犬寄りに設ければ、それだけ容易であることは言うまでもありません。
「しないようにするのか、できないようにするのか」ということでも大きく違ってきます。
トイレシーツを噛みちぎることに困っているのであれば、トイレシーツを使わない、
齧れないもので覆うことで解決する場合もあれば、トイレシーツを噛みちぎらないように教える場合もあるでしょう。
「食べ残していた食器を引こうとしたら噛み付かれた」という場合で考えましょう。
「犬にしてみれば自分の餌を盗ろうとしたので噛みついただけで、それは飼い主が犬の本能や習性を知らないからいけない」と
考えるのならば、飼い主に「犬が食べている時には、近づいたり手を出したりしないように」と教えて守らせることで解決します。
しかしそれでは「近所の子供が手を出して噛まれるかもしれない」「異物を食べようとした時に取り上げてやることもできない」
と考える人もいます。
「どんな時でも飼い主を噛むべきではない」と考える飼い主であれば、
「食べている時に手を出しても噛みつかないように」という水準まで犬に教え込む必要があります。
症状の原因や進行程度にもよりますが、問題行動の多くは行動の解消という観点からの完治は難しいとも言えます。
★方針選択
目標設定を定めたら、それに沿って対応方針を決めます。通常は、診断で究明した原因に働きかけて改善することが原則です。
❶しつけや訓練 ◆犬の改善◆
犬のトレーニング
・好ましい特定の行動をするように教える。
・不適切な行動をやめさせるようにしつける。
❷環境整備 ◆環境の改善◆
環境面の物理的な改善
・行動が発生しても問題とならないように対策を講じる。
近隣のいない山奥に引っ越す。
防音施工をする。
近隣への挨拶やお詫びをする 。
・行動が発生しないような飼育環境に変える
通行人に吠える犬の場合、犬小屋の場所を玄関先から裏庭に移す。
サークルから出してほしくて吠える犬の場合、サークルをやめ室内フリーにする。
❸対応改善 ◆飼い主の改善◆
・問題行動を惹き起こしている飼い主の対応を見いだして、飼い主の行動を改変する。
・問題行動を惹き起こしている生活習慣を見いだして、飼い主の習慣を改める。
・不適切な行動が起こる状況を作らない。
・犬との接触を疎にして深入りしない。
・シャンプーや爪切りなど、問題を起こす行為はプロの人に依頼する。
・飼い主自身の制御能力を高める
❹意識改革 ◆飼い主の改善◆
・「うちなんてもっと」「子犬のうちは」「犬はそんなものよ」「そのうちに」といったアドバイスで、
問題視している飼い主の意識を、その行動を不適切と考えないようにして許容範囲を拡大する。
❺医療処置 ◆犬の改善◆ :投薬などの薬物治療 /去勢不妊手術/声帯除去手術/犬歯切除など
❻飼育放棄 ◆最終手段◆ :手放す(殺処分・譲渡)
★治療計画
診断結果に基づき治療方針を決定します。
まず考えるのが方式についてです。だれを対象に、だれが教えるのかということです。
さきほどはかんたんに「原因に働きかけて」と述べましたが、
実際には犬・飼い主・環境の三者が複合して問題を起こしているのが普通ですから、それほど単純なものではありません。
犬自身に教えることとなった場合、入院治療となることもあれば、自宅治療の場合もあります。
当校では本科・別科と分けて訓練士がまず犬に教えてから飼い主に教える方式と、
訓練士は飼い主に教えて犬には飼い主が教える方式との両方を行なっていますが、
この両方式には一長一短があり、それぞれのケースによって適する方式が違います。
「悪いのは犬ではなくて飼い主だ」「飼い主自身でしなければ意味がない」というアドバイスが広まっています。
犬への訓練自体を飼い主の方が自ら行なうことについては、可能であるならそれが最善であろうと思います。
ただ「訓練自体」と表現したのは、訓練そのものは言わば施術であって、その術式の選定が困難だと思えるからです。
多くの飼い主は犬を飼う経験が限られていますので、ご自身の愛犬を客観的に評価することは難しく、
愛犬の性格についても正しく把握できていないものです。
「飼い主が自ら行うべきです」「飼い主が自分でしなければ意味がありません」 「訓練士の言うことはきくようになりますが」
「預けて訓練しても家に帰ってくれば元通りになります」 このような話を耳にされた方も多いと思いますが、
これらは全て正しくもあり正しくありません。
問題行動の本質と飼い主側の諸条件を併せて考える必要があります。
「本来であれば問題行動を起こすような犬ではないのに、飼い主の誤った対応によって問題行動を起こすようにさせてしまった」
というようなケースであれば、まさにその通り。
飼い主自身が犬の行動心理やトレーニング方法を学んで、自らが犬に教えていくことが最善です。
「本来であれば問題行動を起こすような犬ではない」という一文に異論を思う愛犬家もいるでしょう。
博愛愛護精神に富んだ専門家は、「どの犬も本来はみんないい子です」と公言します。
しかしここでは、いい子であるか悪い子であるかの評価判定をしているのではありません。
犬の性格や性質は、犬種によって血統によって個体によって、歴然と遺伝的な持って生まれた違いがあります。
博愛精神や平等主義そのものは崇高なものだと思いますが、私は個々の能力や特性に応じた処遇こそが平等であると思っています。
実際に訓練士の元に真剣に相談に連れて来られる犬の中には、だれが育ても難しいと思われる生得的問題のある稟性の犬もいます。
本題に戻りますが、犬種特性や血統的特性に基づく行動から生じる問題行動の解消は非常に困難です。
こうした犬自身から生じる問題行動や、重篤化した問題行動の矯正訓練であれば、プロに委ねる方が賢明です。
その他にも本気噛みのように重大な問題行動、お年寄りの飼い主からの引っ張りや跳び付きの相談や、近隣トラブルに瀕している
吠えの問題、留守がちな家庭でのトイレトレーニングなど、飼い主自身で行うことに無理があることも多くあります。
何かの成果を得るためには何かを犠牲にすべきこともあります。 犠牲にすべきことが一時的なものであるのならば、
過程として受け入れ易いと思いますが、 永続的なことならば事前に成果と犠牲を比較して選択することも大切です。
部屋の中の様々なものを齧ったり食べたりしてしまう癖のある犬に対して、
目の届かない間はケージやサークルに入れておくという方法を選択すれば、それによってその問題行動は防ぐことができても、
閉じ込められた犬は、今度は吠えまくるという新たな問題行動を起こす可能性があります。
こうした場合には、飼い主にとってどちらの行動の方が容認できるのか、
また、どちらの行動の方が次の段階で治しやすいのかなども考え併せるとよいでしょう。
このように、それぞれの方法についての難易度だけでなく、
それに伴うメリットとデメリット、弊害や副作用もきちんと踏まえた上で方針を決めましょう。
現実には方法の優劣だけではなく、費用や期間、実施の難易度や手間や時間も考え併せなければなりません。
そもそもは飼い主がどの程度に取り組むことができるのか、どれだけの覚悟をしているのかが第一です。
一般的には、原因の除去や対象の遮断および状況の回避など、あるいは馴化や克服を図っていきます。
★施術
ここでは原則として犬の行動修正(行動を無くすことによる解決方法について)を主体に述べていきます。
純粋無垢な子犬の内はまるでスポンジのように教えられたことを素直に吸収していくのですが、身体能力も高くなり、
多くの体験を通してその犬なりの学習を重ねて賢くなった犬に対して、それをリセットさせて新たに人間の望む行動を
するように求めるのですから大変なことは当然です。
しかしそれは必ずしもトレーニングそのものが難しいのではなく、原因の究明と治療方法の選択が難しいのです。
患者に投薬治療する場合も、難しいのは病気の診断と薬の処方であり、投薬そのものが難しいのではありません。
と言っても、もちろん簡単ではありません。
やり方そのものをきちんと習う必要がありますし、ある程度の練習も必要です。
しかし何より大変なことは、日々それを継続することです。
★判定/評価
問題行動そのものが、それぞれの飼い主の意識によるものですから、
問題の解消が必ずしも行動の減少によるものとは限らないことはこれまで述べてきた通りです。
ですから当然に、どの水準をもって治癒と判定するのかも一定ではありません。
また予後観察の期間をどの程度に設定した上で、いつ頃の時期に判定をするのかもまちまちです。
評価についても同様です。人は十人十色。神経質な人、完璧主義な人、大袈裟な人と、まさにそれぞれです。
ですから「うちの犬はとても酷かったけれども、このような方法を行なったところ、今ではすっかり・・・」
と言う愛犬家の話も鵜呑みにすることはできません。
相談の時点で、飼い主が言う「全く触らせてくれない」と表現されるケースでも、その程度は千差万別です。
そもそもがそのように矯正開始前の症状の程度について客観的な判定がなされていませんし、
さらには直ったあるいは良くなったとする成果についても客観的な判定がなされていないために、
それぞれの手法の正当性そのものさえもが、不明瞭であることが現実です。
アドバイスのしっぱなしであれば、そのアドバイスが適切であったのかどうかさえ知る由もありません。
きちんと治療後の状況についても長年に亘って追跡調査を行なって再発の有無を知る必要もあります。
問題行動に関しては、その認識も解決も、犬の行動以外のさまざまな要因に左右されるのです。
診察の段階からの問題行動の種別や程度、診断における原因などをきちんと分類したうえで、客観的評価を行ない、
それぞれの治療記録を残していかなければなりませんし、そうした分析と検証を重ねることでこそ初めて、
矯正方法の効果や弊害の有無、問題点などが判断できるようになります。
しかしながら一般に訓練士はそうした客観的見地に立つことや記録が苦手で、
逆にそうしたことを得意とする人たちは実経験に乏しく、現場を深く見ることが苦手です。
今後の重大な課題ではありますが、現状として述べておきます。
★予防
健康とは心身ともに健やかであることをいいます。
すなわち、健全な身体と健全な心です。
身体の健康である医療も、心の健康であるしつけも、とてもよく似ています。
身体も心も、健康であるために大切なのは予防と早期の治療です。
言うまでもなく、本来もっとも大切なことは治療ではなく予防です。
人間社会で暮らしていく上で必要な社会化は、いわば予防です。
将来さまざまな問題行動を起こさないためにも、人間との関係作りに始まり環境への順応や刺激への 馴化などを通じて
受容力を高め、自制心や適応力あるいは耐性といったことを身に付けさせていくことが大切です。
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原因の特定
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悪い犬なんていません、悪いのは飼い主です。
テレビの影響もあるのでしょうか、最近ではよく「ダメ犬」と言う言葉に対して、
「ダメ犬なんていません。いるのはダメ飼い主だけです。」などと言われているのを耳にします。
たしかに飼い主に問題がある場合も多いのですが、犬自身に問題がある場合も多くあります。
愛犬を擁護するあまりに本質から目を背けてしまっては、肝心な問題を解決できなくなります。
なぜ近年このようなことが多く言われるのかと言えば、動物行動心理学に基づくトレーニングが広まってきたことによります。
詳しくは に述べていますが、行動学は犬の行動を管理する上での半分を占める重要な原理です。
逆に言えば半分にすぎないということです。行動分析学では行動の原因を犬の内部に求めることはしませんので、
必然的に原因は外部環境すなわち飼い主の対応とされるのです。
つまり行動分析学が原因としているものは、行動を悪化させた原因であって行動の原因ではありません。
たしかに、犬がある行動を起こした際の飼主の対応が、その行動を強化させる原因になることは多くありますが、
それだからと言って問題行動の原因が、飼い主の責任であるとは言えないのです。
吠えのように若干であれば問題とならない行動であれば、悪化した原因を取り去って行動を減少させれば問題は解決されますが、飼い主への咬みつきといった問題行動においては、いかがなものかと思います。
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原因の究明
診断では正しく原因の究明がなされることが重要ですが、多くの人が陥りやすい間違いが二つあります。
一つは、今も述べたように「悪化した原因」を原因だと思い込んでしまうことです。
悪化とは、行動心理学でいえば強化ということです。
すなわち、その行動の結果として生じた「いいこと」を、原因だと思い込んでしまうことです。
と言っても行動分析学においては犬の内面は対象外ですから、この「悪化した原因」を「原因」とします。
もう一つは、きっかけとなった原因を、原因だと思い込んでしまうことです。
例えば、咳をしたとたんにギックリ腰になることがあります。 咳の際の振動は、「表面化した原因」であって、本当の原因ではありません。
たとえば警戒心というものは、一般に幼少期は乏しく、思春期になるにつれて芽生えてくるものです。
それを踏まえて他人への警戒心を持たないように育てていなければ、ある月齢から急に他人に吠えるようになることはむしろ当然とも言えます。
「生後半年の頃に、いつもとは違う郵便屋さんが来た時に吠えたのが最初です。犬嫌いの人だったのか、何かをしたのではないかと思います。
それからはいつもの郵便屋さんに対しても吠えるようになり、 今では家に来る人には誰に対してでも吠えるようになってしまいました。」
このように話をする飼い主がいます。
原因を「犬嫌いの郵便屋さんに何かをされた」こととしてしまってよいのかどうかです。
そもそも郵便屋さんというのはポストに投函するという自分の用事が済めばそのまま帰りますから、
犬にすれば「自分の姿を見て、あるいは自分が吠えたら逃げて帰った」と、成功体験による自信を持ちやすい相手です。
櫛掛けの際に噛みついてくる犬の場合に、その原因をどこに求めるのかもそれぞれです。
たまたまオデキができていたのを知らずに櫛をかけた際に、オデキに引っ掛けて痛い思いをさせたことがあり、
その時以来、櫛掛けを嫌がり噛み付くようになったという犬の場合についてです。
Q. その時犬はどうしましたか?
A. キャインと言って、私の手を噛んできました。
Q. その時あなたはどうしましたか?
A. 怖くて咄嗟に手を引っ込めましたが、その後はちゃんとゴメンネ~と撫でてあげました。
服従心の欠如とするか、臆病な性格とするか、達成の経験によるものとするか、それぞれに違うのです。
このように問題行動の矯正では、原因をどこに考えるのかによって治療が違ってきます。
電車の脱線事故を例に挙げれば、カーブでの速度超過が原因であるというのも間違いありません。速度遵守を徹底すれば事故は防げるはずです。
しかし現実はそうではなく、事故から数年が経てば、また速度超過をする運転士が現われます。
なぜ速度超過をしたのかという所まで踏み込んで原因を探っていけば、所要時間の設定に無理があったり、
遅れてはいけないという強いプレッシャーが有ったことが原因である、という見方になることもあるでしょう。
本質的な解決策として原因を取り除くこともよくいわれます。
原因を欲求不満であると考えるのであれば、欲求を満たしてあげれば解決するのです。
「疲れた犬は良い犬だ」という言葉があります。
この発想に則れば、矯正訓練の方法などは学ばなくても、十二分に散歩させれば解決することもあるでしょう。
ただし逆に犬がパワーアップして人間の体力が続かなくなるケースもあります。
原因はストレス
まず一番に言われる原因はストレスです。
たしかにそれは間違いではありませんが、回答するトレーナー側にとって、もっとも都合の良いものでもあります。
最近ではストレスホルモンを数値で測ることもできますので、いかにも科学的な判定のようにも思えます。
原因がストレスであれば、ストレッサー(ストレスを引き起こす物理的・精神的因子)を排除することが最善の有効な解決方法でしょう。
原因を欲求不満であると考えるのであれば、その欲求を満たしてあげれば、容易に問題は解決するのです。
充たしてあげることが可能な欲求であれば、それでいいのかもしれません。
犬の気持ちを考えて犬が望むことを理解して応じてあげることは犬にも優しく自分自身もいい気持になれます。
しかし欲求というのは充たされる毎に限りなく膨らんでいくものです。
欲求が膨らみきって、それに対応しきれなくなってから直すとなれば、それにはかなりの困難があります。
我が子が転んで怪我をしないようにと常に先を歩いて障害物を取り除いてあげる親が良い親でしょうか。
私の基本方針はストレッサーを排除するのではなく、ストレスと感じない適応能力を養うことや、
ストレスへの耐性を身に付けさせることです。
主なストレス
日本で多く言われる原因が散歩(運動)不足です。
イギリスの諺には「疲れた犬は良い犬だ」というものがあります。
カリスマドッグトレーナーといわれるシーザー・ミランは「一に運動、二に規律、三に愛情 」と言っています。
これらの発想に則れば、犬の訓練方法など学ばなくても充分に運動をさせれば多くの問題は解決するでしょう。
その昔は、息子の部屋でエロ本を見つけた母親からの相談に「スポーツをさせてエネルギーを発散させましょう」
と答える教育評論家もいましたから、一応もっともらしい意見なのかもしれません。
問題行動の相談へのアドバイスや質問への回答の中で、多く述べられる原因には次のようなものがあります。
・ストレス(長時間の留守番・狭い場所での飼育・運動不足)
・親兄弟から早くに離したことによる弊害(犬としての教育を受けていない)
・幼少期の社会化不足(その通りなのですが、ほとんどの場合に社会化の意味が違っています)
・体罰や虐待による弊害
これらについては、全てを否定するつもりはありませんし、それが原因と思われる場合もありますが、
私が問題行動の解決に取り組む際にこれらを原因とすることは、もしかすると少ないかもしれません。
むしろ私がもっとも問題だと思うストレスは、飼い主とのコミュニケーションが築けていないストレスと、
頼るべき相手がいないストレスです。
犬への優しさのつもりで接する扱いや自主性を尊重するつもりで与える自由が、
実は犬にとっての大きな負担であることを知っていただきたいと思います。
精神的ストレスは身体的ストレス以上に、犬の心を病み、犬の行動面に悪い影響を及ぼします。
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行動修正
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対症療法と原因療法
問題行動の矯正には、対症療法と原因療法があります。
対症療法とは現れた症状に対して働きかける方法であり、 原因療法は症状が現れる原因に対して働きかける方法です。
例えば、咳止め、解熱剤の処方などが対症療法で、病原菌に作用する抗生物質の投与などが原因療法です。
お分かりのように対症療法というのは、当面の解決策であって本質的な治療ではないようにも思われます。
対症療法を用いてその行動だけを変容させても、原因をそのままにしていたのでは別の新たな問題行動が起こることもあります。
しかし、いろいろな意味で余裕があれば理想的な方法を選ぶことができますが、 現実に問題が逼迫している場合には、
即効性のある方法を優先する必要があるでしょう。
また状況いかんでは、危険や弊害のある方法であっても効果を優先しなければならない場合もあります。
ただしその場合には予めリスクなどについて、明確に認識しておく必要があります。
さきほど述べた原因療法と対症療法についても、両方を同時に進めていくことが現実的です。
すぐに成果のでる方法を行なう時には問題になりませんが、原因療法の場合に成果がでるまでに長い期間を要する方法もあります。
成果の無いままにどの程度の期間を続けていていいのかがわからなければ、不安になり成果を目前に中断してしまう人もいます。
もちろん計画通りに順調に進むことの方が珍しいとも言えますが、一つの予見を示しておくことは実施者のためにも重要なことです。
どのような兆しが見えたら順調で、どのような兆しが見えたら治療を中止すべきなのかを伝えておいたほうがよいでしょう。
とくに「無視」や「タイムアウト」を推奨するトレーニングにおいては、実際に行なう場合にどのくらいの時間経過や、
どういったタイミングで、さらには、どのような対応でそれらを解除するのかをあらかじめきちんと明らかにしておくべきです。
治療に際しては、全てが右肩上がりに改善していくのではないことを必ず知っておかなければいけません。
行動心理学用語でいうバーストのように、治療を始めると一時的に(消去抵抗が行われる初期段階に)その行動が強まる、すなわち悪化して見えることも多くあります。経験の無い人は、この時点で中止してしまい結果として直すことができません。
ただし、バーストではなく選択した方法が不適切で本格的に悪化している場合もありますので、その見極めは非常に重要です。
実際には、様々な手法を選択し複合的に行なうことが一般的です。
なぜなら、各々の方法には一長一短がありますし、選択する方法によって生じる弊害や副作用に対しての対応も必要になるからです。
野球選手が打撃フォームの改造に臨めば、一時的に全てが悪くなることは明白でしょう。
ピッチャーがコントロールを身につけようと思えば、一時的に球速は落ちるでしょう。
何もかもを維持しながら特定の何かを伸ばしたいというのは虫のいい話です。
まずは何を優先するのかを明確にした上でそれを伸ばして、それがある程度のレベルまで身に付いてから他を回復させるといった方法の方が普通だと思います。
先に述べたバーストは直したい行動そのものについてですが、弊害としてそれ以外の行動が問題として表れることもあります。
経験を積んでいれば当然に予想される弊害もあれば、その犬にのみ見られる弊害もあります。
一般的に効果の高い方法ほど弊害や副作用も多いものです。
特に即効的な効果のある罰は、その弊害や副作用も即効的に顕著に表れますので、使用するには専門家の指導を受けるべきです。
極度に臆病な犬に強い罰を用いると、失禁や脱糞あるいは肛門腺の噴出などをすることもあります。
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▼行動学的アプローチ
陽性強化トレーニングを勉強した方ならお分かりのように、問題行動の多くは実は陽性強化による産物です。
これは「行動の結果として良い事が起きるとその行動の発生の頻度が高まる」という学習理論によって説明されます。
詳しくは をお読みください。
自発的な学習においては、人間にとって好ましい行動も不都合な行動もまったく区別されません。
もちろんほとんどの人が、「私は犬がその行動を行なった時に褒めたりしたことはありません。」「きちんと叱ってやめさせていました。」と思われるでしょう。
しかしそのような飼い主自身が気付いていないところに問題が潜んでいるのです。
まず第一に、犬にとっての良い事というのは、なにも飼い主から与えられるものだけではありません。
吠えたらハウスから出して貰えた(陽性強化)
吠えたら怪しい奴がいなくなった(陰性強化)
科学的トレーニングが流行りだした時期、トレーナーは口を開けば「無視しましょう」と言っていましたが、
最近になって「無視の推奨は無能の証明」だと思い始めるトレーナーも増えてきました。
しかしインストラクターの多くは、行動修正に有益な優れた手法として推奨しています。
・無視 それまでの飼い主の対応が悪化の原因である場合には、無視というよりも反応しないことが有効です。
(その場合は、行動随伴性の罰ではなく、消去にあたるかと思います。
飼い主への依存が強い犬以外では、罰としての効果がありませんので逆に容認していることになります。
実際問題としては解除のしかたが難しく、私は理論的に納得できる指導に出会ったことがありません。
・タイムアウト 人間的思考においては有効な方法なのでしょうが、犬には因果関係の理解が非常に困難な方法です。
分離不安に似た依存心の強い犬にとっては罰と成りえても、そうではない犬がほとんどなのが実情です。
無視と同様に解除のタイミングや解除後の対応が難しいでしょう。
スムースな送り出しが困難なケースも多く見受けます。
近年では行動心理学的な見地からの問題行動についての取り組みも多くなされてきていますが、
中には机上論としか言えない非現実的な対応策が述べられていたり、
方式を選定する前提とも言える原因究明についても、行動学は勉強しているのでしょうが、
犬そのものをわかっていないとしか思えないようなものも多く見られます。
行動学的トレーニングで述べられる行動修正の方法としては次のようなものがあります。
・消去法:
これまで行動を増大させた原因となっているご褒美を無くすことで 犬が自然にしなくなるようにしていきます。
これは大変に重要なことで、これをきちんと理解していないことが、犬を訓練に出しても家庭に帰ってきたら、
すぐに元に戻ってしまうとされる最大の理由です。
・対立行動分化強化法:
問題行動と同時には成立しない、何か別の問題とならない行動を強化します。
跳びつく犬にお座りを教えて、犬が近づいてきたらスワレをさせることで跳び付かなくします。
来客に吠える犬に、お客が来たら床にフードをばら撒くと推奨していたトレーナーもいます。
・合図弁別法:
合図をした時にその行動をするようにして、いずれ合図を出さないようにする方法。
まず「吠えろ」を合図でするように教えて、いずれその後合図を出さなくするという論法です。
理論的には成立するのかもしれませんが、実際の成功例を知りません。
・他行動分化強化法:
問題行動以外のそれに似た行動を強化することで、その行動をしなくさせるものです。
例えば甘噛みをしてきたら、犬に齧ってもよい玩具を与えるといった方法です。
禁止されるようなものというものは、犬にとっては魅力的あるいは本能的行為なのですから、
それ以上にというのは実際には難易度が高いでしょうし、しなくなる訳ではありません。
対象療法として用いられる主な手法
当然のことながら対症療法は現場主義となります。 何かをしたときにいいことが起きれば繰り返しするようになるし嫌なことが起きればしなくなるという原理に基づくものですから、重要なポイントはつぎの二つです。
・犬が行なった自分の行為と結果としておきたこととの因果関係を理解できること。
・しなくなるようにさせるには、犬にとって嫌なことが起きなければならないことです。
いわゆる罰を用いる手法も多くなりますので、その際にはきちんとした指導を受けた上で行うべきです。
罰については、必ず別頁もお読みください。
一部の本には2秒ルール(行動を起こしてから2秒以内に罰を与える)なるものが書かれているようですが、 これでは全く遅すぎます。
犬が行動を起こしたその瞬間というのは、すでに興奮状態にありますからなかなか理解できません。
行動を起こそうとしたタイミングでなければなりません。
■「止めること」を教えることと、「しないように」教えることは別物です。
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矯正訓練
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もっとも根幹的な所に立ち返って行動修正に臨む方法です。
犬と飼い主との関係の構築や、犬自身の内面に働きかけます。
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▼餌付け
本来、適切な繁殖および乳幼児期の適切な管理や教育がなされていれば、全く必要のない事柄です。
しかしパピーミルとよばれる悪徳業者による大量生産の繁殖や、偏狂的ともいえるセミプロによる一点特化の繁殖、あるいは無知な素人繁殖などにより、残念ながら生まれながらに家庭犬としての適性を欠いた犬も存在します。
こうした先天的な稟性(「性格」よりもやや広義)の犬は、一般的に飼いにくく飼育放棄の要因にもなりやすいため、里親制度における保護犬を迎えた場合には、少なからずそのような稟性の犬である確率も高くあります。
それらの犬に対しては、しつけ以前の段階として野生動物を馴らすのと同様に食べ物を用いなければならない場合もあります。
▼関係構築
人間社会のルールを知らない犬という動物を、人間社会で生活させるのです。
人工物という本能的理解不能な物に囲まれた環境の中で、生き方の指針を与えてくれる者や頼る事のできる者がいないという不安を考えてみてください。
犬に対して、人間は強くて頼りになる存在だということを思わせることです。
ちょこっと犬の勉強をした人の中には、すぐに無意味なパック(群れ)理論やボス理論を持ち出す人がいますし、逆にそれに対して、さらに的外れ筋違いな反論をする人も多くいますが、
上下関係の是非などは問題ではなく、いかに犬のためになる良いリーダーになるかを考えるべきでしょう。
・アイコンタクト
アイコンタクトは信頼関係の結果であって、アイコンタクトを教えようという発想は本末転倒です。
人間でも同じですが、犬は相手を信頼すればその相手をよく見るようになります。
・リーダーウォーク
人間が行動の主導権をもつことを犬にわからせるための練習方法です。
犬の意志にはお構いなしに歩くことによって、人間は自分の思い通りには動かないことを教えます。
人の横をついて歩くように教える脚側行進という訓練と混同されているケースを多く見かけます。
・ホールディング
人間に身を委ねることを身に付けさせるとともに、人間は強くて安心できる存在であることを教えます。
犬の身体を抱え、じっと動けない状態から安心感を与えます。教え始めの段階は、無理やり抑え込む形に
なるかもしれませんが、最終的には寄り添って包み込むように抱いてあげることなのです。
・ラァイング
人間に身を委ねることや我慢癖、そして人間は犬に危害を加える存在ではないことを教えます。
犬の身体を地面(床)に横たわらせじっとしたままにさせます。
犬の身体を抑えつけてじっと動けないようにするのではなく、しかたないからであっても構いませんので、
犬が自分の意志でじっとするようにさせることが大切です。
・マズルコントロール
口吻部を掴んで、犬に顔の向きのコントロールを受容することを教えます。
掴む、握る、包み込むといった感覚的な違いによって、犬の受ける感覚もまた違ってきます。
ジェントルリーダー・ハルティーからなどのヘッドカラーと似た要素もあります。
吠えた犬のマズルを握ることは、吠え行動の制御の一手技であってマズルコントロールではありません。
犬の口吻は(ブルッドッグのような単吻種の犬を除いて)円錐形ですから、
口吻部を握っても犬が頭部を後ろに引けば、犬は容易に逃れることができます。
見よう見まねできちんとした方法を習っていない人だと、犬に逃げる事を教えるだけの結果に終わったり、
逃がさないために不必要に強く握ってしまう結果、犬が人の手を嫌がってしまうようになったりします。
真似ごとの方法ばかりが広まったために弊害のみが表れ、方法そのものを否定的に考える人も多くいます。
▼馴致訓練
馴致訓練では、まず適切な刺激の強さを選ぶということが成否を分ける大切な要素です。
馴致訓練には洪水法や漸次ステップアップ法と呼ばれる方法があります。
洪水法というのは、馴らしたい刺激を洪水のように浴びせる、やや過激な方法です。
劇的な効果を得られることも稀にありますが、当然に取り返しがつかないほどに悪化させることが殆どです。
これに対極するのが漸次ステップアップ法で、弱い刺激から徐々に慣らしていく方法です。
期間は要しますが、一般的にはこちらの方法を選ぶべきです。
最終ゴールに向けて、階段を何段ぐらい作ってあげるのかも考えましょう。
段数が少なすぎれば次の段に上ることが難しくなりますが、やたらに多すぎるのも考えものです。
しかしながら、馴致訓練というのは、刺激汎化としてただ闇雲に連れ出せばいいといったものではありません。
本来は、犬が持つ環境適応能力を高めることこそが馴致訓練とも言えます。
馴致訓練を成功させるためには、関係性の構築と適切な対応とが非常に重要です。
これがきちんとできなければ恐怖心の克服どころか、恐怖の増長にもなりかねません。
あなたが小学生の男の子のつもりで、夜道を歩く時のことを考えてみて下さい。
同級生の男の子と二人で歩く場合、幼い妹を連れて二人で歩く場合、そしてお父さんと二人で歩く場合。
それぞれで、怖さが全く違うことがおわかりになるでしょう。
頼りにならない人に「大丈夫」といわれたところで、果たしてどれだけ安心できるでしょうか。
犬に必要なのは、自分を守ってくれる強い存在なのです。
また飼い主の側はきちんと犬に対応しているつもりでも、犬は飼い主のことなど全く相手にもしていないし、期待してもいないといったケースが多くあります。犬にしてみれば、恐怖の対象から逃げたい自分を、紐で縛りつけている邪魔な存在でしかないのです。
最近になってカーミングシグナルというものが解説され、人間が犬の心の状態を知るための勉強がなされています。
これはこれで有益で大切なことではありますが、犬はそうした勉強を習って身に付けるのではないということを忘れてはなりません。
やや入り組んだ言い方をしてしまいましたが、犬はそれらを知識としてではなく感性で判断するのです。
ですから飼い主は、自分自身が発しているカーミングシグナルについて知ると共にこれを意識しなければいけません。
犬は常に飼い主を観察しています。挙動や表情といった人間が発するカーミングシグナルに対して、
「犬は人間の何に着目し、それをどう感じどう解釈するのか」を知ることの方が、実は重要なのです。
問題となる対応について少し例をあげておきましょう。
まず多いのが、励ましているつもりが不安を煽っている場合です。
飼い主がなだめることで、犬は危険を確信します。必要なことは優しさではありません。
さほど心配もしていない時に「大丈夫?」「大丈夫?」と声を掛けられると次第に不安になりませんか。
また、飼い主が怖がっていると、犬も怖さを感じるようになります。
その他には、犬が吠えるのを大声で叱っていれば、犬にしてみれば、
「ママもこんなに吠えているんだから、僕ももっと頑張って吠えよう。」というようなことになったり、
散歩中に向こうから来た人や犬に対して、自分の犬が吠える度に叱っていると、
「僕がママに叱られたのは、向こうからあいつが近づいてきたせいだ。」と思わせるようになったりということもあります。
馴致のためにさまざまな刺激のある環境に連れ出す訳ですが、犬が何か特定の刺激を怖がった時には、
「それは怖いものではないんだ」ということを犬に教えてあげなければなりません。
逃げる必要はなく、じっとしていても何ら危害がないということを体験させることで分からせます。
その代わり、犬に絶対の安全を確保することは強制する側の責務です。
具体的には犬の動きを最小限にさせることです。最小限にということは、歩き回らせないレベルの話ではありません。
しっかりと犬の身体を拘束し手足をばたつかせたり顔を振り回したりさえもさせません。
犬は、逃げまどうことや暴れ回るなどといった自身の動きによって興奮が高まりパニックへと繋がるのです。
ポイントは、この際の人の動きも最小限にスムースに行なうことです。
不要にかける言葉や自分の動きが、 犬の恐怖の対象になるようでは意味がありません。
これをいかに早くしっかりとできるかだけなのです。
そもそも怖がる要素のない日常の生活の場で犬を抱え込むことができないのであれば、
普段よりはるかに難易度の高い暴れそうな状況で、犬を上手に抑えることができるはずがありません。
だからこそ、関係作りや問題行動の予防のためにもホールディングやマズルコントロールの練習が必要なのです。
●不安が恐怖を産み出します。
不安を感じさせるかどうかは、飼い主の態度と対応によってです。
自信の無さや怖さはあなた自身の態度に表れ、犬はそれを見抜いたり感じ取ったりします。
恐がらせないように少しずつというつもりでしょうが、無意味に時間をかけることは不安を募らせます。
・何の根拠もなくとも、堂々とゆったりと構えること。
・犬を驚かせるような急な動きは避けること 。
・犬を追い込む、あるいは追い詰めるような挙動をしないこと。
● 恐怖の克服のためには、犬の自由な行動や自主性を認めるべきではありません。
馴致に失敗する飼い主のほとんどが犬の自主性を尊重するタイプの人です。
● 恐怖の克服のためには、逃げるという選択肢を与えてはなりません。
● 馴致訓練で重要なことは、犬をパニック状態にさせないことです。パニック状態で学ぶものは何もありません。
● 中途半端な抑圧や遮断は、欲求を高め、反動を生みます。
無視やタイムアウトといった手法の難しさはここにあります。
● 中途半端な制御が興奮を高めます。
飼い主には自覚のないことが多いのですが、犬が苦しがるほど強く引っ張ってはいけないと思う心理から、
引き戻しては弛め、また引きずられては引き返すといったことを繰り返します。
これは警察犬の襲撃訓練で、勢いよく襲い掛からせるためのハンドリングテクニックとまったく同じなのです。
● 中途半端な制御が、パニックを引き起こします。
逃げ出そうと思っている犬にもう少し何とかすれば何とかなりそうだと思わせることは、
もっと必死になって逃げ出そうとさせることに他なりません。
● 犬は、自らの動きでパニックを高めてしまいます。
ですからパニックにさせないためには、犬が身動き一つできない状態をいかに素早く、かつ恐怖や不安を与えないように、
人間の動きを最小限にして行なうことができるかがポイントです。
そのためにも支点が犬体の中央部となる胴輪(ハーネス)は最悪です。クルクル回る犬の動きを制御できません。
また、逃げようとする犬は後ずさりをしますから、平首輪のように抜ける可能性の高い首輪は不適です。
▼許容拡大
☆我慢癖を付けさせる
いわゆる我慢を強いることによって受容力を引き上げていきます。
理想を言えば、我慢ではなく当然のこととして受け入れるようなレベルにまでもっていきたいところです。
馴化として、弱い刺激から少しずつ慣らして反応する必要がないことを学習させていきます。
距離においても時間においても、初めはあまり深入りしないことが肝要です。
☆反応を起こす水準を上げる
すなわち行動の起きるスイッチの感度を鈍くします。
実際の治療方法の大原則としては、問題行動となっている反応を起こす水準を上げることです。
弱い刺激から少しずつ慣らして反応する必要がないことを学習させることです。
まずはスイッチがどこにあるのか、どの程度の強さでオンになるのかを正確に知っておく必要があります。
スイッチから離れたところでいくら繰り返しても進歩はありませんし、だからといってスイッチを押してしまってもいけません。
しかし段階を乗り越えるためには、徐々にスイッチを押さなければいけません。
この際には、時、時間、場所、状況、強さ、距離、対象、用具、方法などの条件の内、
いくつかの条件を緩和することで反応を起こさせないように努めます。
どういうことかと言えば、今並べた条件にはそれぞれに難易度があります。
食事中に触ると噛みついてくる犬に対しては、まずは縄張りの外で、あるいは食事中以外で触らせることを徹底して慣らすとか、
食事中に行う練習としては触るのではなく近寄るだけをくりかえしたり、もしくは食事を長い柄の柄杓のようなもので与えながら
まずは食器を引かれることを教えたりするなどです。
様々な諸条件の難易度を入れ替えながら繰り返すことによって次第にレベルアップさせていきます。
実際に行なう上では、犬のわずかな身体の反応や表情の変化などを読み取れることが鍵を握ります。
万一スイッチを押してしまった時の対応も事前に準備しておくべきで、これができないと成果は無く弊害ばかりになります。
▼服従訓練
矯正訓練としての服従訓練は、まさに服従心を養う方法でなければ意味をなしませんので、オヤツやオモチャを用いた外形的な行動を教える方法であってはなりません。
原因療法として行なうのであれば、行動が起きているステージで行うべきではありません。
もっと難易度の低い、問題行動が発生しないレベルの状況から始めるべきです。
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